「永田町のショートリリーフ」

プロ野球では昔、先発した投手は9回まで完投を託されてマウンドに上がったものだが、最近は大リーグの影響もあって完投はあくまで例外で、数人の中継投手が登場、時には次の打者を抑えるためだけにマウンドに上がる投手がいて、一試合で先発、中継(リリーフ)、抑え(クローザー)まで3、4人の投手が次から次と登場する試合が普通となってきた。それはそれで面白いが、先発完投型の速球投手が大活躍した時代が懐かしい。

べネディクト16世(Wikipedia)

プロ野球の昔と今を論じるためにこのコラムを書くつもりはない。現在のプロ野球に疎くなった当方には野球論、投手論を書くほど情報はない。ここではプロ野球を離れて一般的に“ショートリリーフ”といわれる立場について考えてみたいのだ。

ローマ・カトリック教会の最高指導者、ローマ教皇は教皇選出会(コンクラーベ)で選出されるが、27年間の長期政権を務めたヨハネ・パウロ2世後、バチカンでは長期政権に疲れた枢機卿たちの間で「次期教皇は短期政権がいい」という暗黙の了承が出来上がったといわれる。その結果、既に78歳の高齢だったラッツィンガー枢機卿(当時教理省長官、後のべネディクト16世)が選出されたわけだ。

ドイツ出身のべネディクト16世は最初からショートリリーフという任務を帯びていた。それでも8年間あまり、教皇職にいた。聖職者の未成年者への性的虐待事件が多発して、マウンドを降りる時を失ってしまったために、退位する時期が遅れたという事情があったのかもしれない。いずれにしても、前教皇のパウロ2世の27年間に比べれば短期政権だった。

べネディクト16世が2013年2月、突然生前退位を表明した後、南米出身のフランシスコ教皇が選出されたが、当時、76歳だった。バチカンではもはや長期政権というシナリオはなく、短期政権でしばらく繋いでいきたいという考えが支配的になっていた。そのフランシスコ教皇も既に7年が過ぎた。そろそろマウンドを降りる時が近づいてきている。

フランシスコ教皇は過去、「自分は教皇としての任務が出来なくなればいつでも退位する」と漏らしている。フランシスコ教皇は自分がショートリリーフであることを自覚しているわけだ。

ショートリリーフ役の投手が事情が出て予定より長い回マウンドに留まるケースはプロ野球の世界でも良くある。ただし、ショートリリーフとして登場した投手は最初から飛ばすため、回が長くなると球速は落ちるので、監督としては次の投手を準備しなければならなくなる。

話をバチカンから永田町に移す。日本の与党自民党の総裁選挙が14日、実施され、大方の予想通り、安倍晋三政権下で官房長官を務めた菅義偉氏が選出された。16日には国会で安倍晋三首相の後継者として首相に指名される運びとなる。

自民党新総裁に選出された菅氏(自民党広報ツイッターより)

永田町では総裁選前から「菅官房長官は71歳であり、7年8カ月間、安倍政権に仕えてきた政治家だ」という批判的な声があった一方、「菅氏は本格的な政権ができるまでのショートリリーフだろう」という声も囁かれていた。

ただし、71歳という年齢からそのように判断するのは少々時期尚早だろう。11月3日に実施される米大統領選の候補者の年齢を思い出してほしい。現職のトランプ氏は74歳、対抗馬のバイデン氏になれば77歳だ。74歳対77歳の高齢者の争いだ。その点、71歳の菅氏はまだ若い。ちなみに、持病のために辞任した安倍首相はまだ65歳だから、健康を回復すれば3度目の首相ポストを狙って登場するシナリオも排除できない。

興味深い点は、米大統領選ではバイデン氏の相棒(副大統領候補者)が誰になるかに関心が注がれたように、自民党総裁選でも「誰が2位に入るか」に関心が行った。バイデン氏も菅氏も政治の表舞台に登場したとしても、その期間は短くなるだろう、という深読みがあったことを裏付けているわけだ(菅義偉氏377票、岸田文雄氏89票、石破茂氏68票)。

ドイツ語では「人は考え、神が導く」(man denkt ,Gott lenkt)という言葉がある。ショートリリーフ役に抜擢された政治家が本格的な政権を担うことになることもあり得る。菅氏の場合、前政権を継承していくと表明していることから、先発投手の安倍首相の後にマウンドに立ったリリーフ投手だという認識があることは間違いない。

しかし、永田町では「一寸先は闇」だ。リリーフ投手が2回、3回、4回と回を重ねていくケースもあり得るように、菅氏が安倍政権に負けない本格的な政権となる可能性は完全には排除できない。

海外に居住する邦人の一人としては、日本の首相が短期間でコロコロ変わることだけは避けていただきたい。さもなければ、昔のように「日本の首相の名前は?」という質問を現地メディアの友達から受けることになるからだ。

「ミスター・アベ」が日本のトレードマークだったように、「ミスター・スガ」という呼称が定着するように、菅義偉次期首相の健闘に期待する。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年9月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。