香港映画にみる香港人の心情 ー 矢澤豊

2010年04月07日 22:49

「歌は世につれ、世は歌につれ...」などと言いますが、世間の様相を反映するのは映画も同じでしょう。特に「当たってナンボ」の商業映画は、観客の心理を推し量って作られたものですから、そうした面が強いように思われます。


「当たってナンボ」を特に重視した香港映画の名作には、香港人の情念を照射しているものがあります。(いや、「私にはそう思える」と、言いかえたほうがよいかもしれません。)

そこで、香港在住が今年で7年目になりました、私、矢澤豊が独断と偏見でお送りする

「香港映画ハードボイルド二作品にみる香港人の『キモチ』の遍歴」

1作目は、ハリウッド進出を果たし、最近では一大スペクタクル作品「レッド・クリフ(赤壁)」を世に送り出したジョン・ウー監督の出世作、「男たちの挽歌(原題:英雄本色/英語題:A Better Tomorrow)」。1986年公開の作品です。

ストーリーは、香港マフィアの偽札シンジケートを掌握し、肩で風切る強面兄ぃ二人組、狄龍(ティ・ロン)と周潤發(チョウ・ユンファ)、そしてティ・ロンの弟で警察学校に通う張国栄(レスリー・チャン)の三人を中心に回ります。

映画冒頭からやたらと景気のいいティ・ロンとチョウ・ユンファのヤクザ二人は、仲間の裏切りにあい、ジョン・ウー監督お約束のド派手なガン・バトルの後、ティ・ロンさんは牢屋行きに、チョウ・ユンファさんはお怪我で足が不自由になってしまいます。出所後、ティ・ロンさんはなんとかカタギとして更生しようとしますが、警察官となった実の弟・レスリーは、家族に隠れてヤクザ稼業に精を出していた兄を罵倒。(実の弟なのに、お兄さんの本当のお仕事を知らなかったという設定には、かなり無理があります...第一そんなに迂闊な人は警察官に向かないのでは?)可愛がっていた弟から絶縁され、シャバの冷たい風にもてあそばれ、すっかり気が滅入っているティ・ロンさんに、未だ昔の栄華を忘れられない相棒のチョウ・ユンファや、かつてのヤクザ仲間たちが誘惑の魔手を伸ばします。しかし、自分を拒んだ弟の危機を知った、ロン兄イは...(一応まだ観ていない方の為に、ラストは伏せておきます。)

この映画が公開された1980年代の香港は、目覚ましい発展に浮かれていました。かつては東アジアの「町工場」とでもいうべき地位にあった香港は、70/80年代を通じて、東アジアの国際金融都市として、現在につながる上昇気流に乗ったのです。それは、香港の一プラスチック造花工場の社長にすぎなかった李嘉誠(リー・カーシン)さんが、一大コングロマリット、長江グループを築き上げるにいたった経緯にいみじくも代表されています。

しかし、このバブリーなお祭り騒ぎのウラでは、1997年に迫りつつあった九龍・新界エリアの租借期限の終了、英国植民地としての一時代の終結という、厳然たる時限爆弾を抱えていた時代でもありました。人々は未来に対する漠然とした不安を抱くとともに、自分たちの成功を疑い、地平線の向こうに見えてきた「中国本土返還」の可能性の下で、中国人としての自分たちのアイデンティティーとの対峙を迫られていました。

当時の香港人たちは、ティ・ロンとユンファ演じるところの香港ヤクザに、自分たちの「影ある成功」を投影し、更生への厳しい道のりを耐えるロンの姿に、日本軍と内戦による戦渦と、共産党の魔手からから命からがら逃げのび、歯を食いしばりながら香港の地で幸福を手に入れた父母の世代の苦労に思いを馳せ、そして最後には中国人にとっては永遠のテーマである「家族愛」に昇華するストーリーに喝采を送ったのです。

(ちなみにウー監督同様、これが出世作となったチョウ・ユンファさんの本作における役回りは、あまり賢くないけど、愛嬌だけは人一倍、そしてめったやたらと喧嘩(戦い)に強い。これは三国志における張飛、水滸伝における黒旋風李逵といった、中国ドラマトゥルギーにおける一つの典型キャラですね。)

ご紹介する2作目は、2002年公開、折からのSARS騒動を吹っ飛ばして大ヒットした「インファナル・アフェア(原題:「無間道」/英語題Infernal Affairs)」。ハリウッドがリメイク権を買い取り、アカデミー賞映画「ディパーティッド」となったことをご存知の方も多いでしょう。

一応まだご覧になっていない方の為にストーリーを要約しますと、マフィアに潜入した警察官ヤン(梁朝偉/トニー・レオン)と、マフィアから警察に潜入したラウ(劉徳華/アンディー・ラウ)の二人が、それぞれ生き残りをかけて、自らの正体を暴こうとする組織の一歩先を逃げのびつつ、お互いに暗闘を繰り広げる、という内容です。

この作品の底辺に流れるのは、中国への返還を経た後の香港人が共有しているアイデンティティーへの不安、境遇への不満、そして香港という土地と社会に対する閉塞感だといえます。

象徴的なのは、潜入捜査官ヤンを演じるトニー・レオンが、唯一自分の本当の素性を知るボス、ウォン警視(黄秋生/アンソニー・ウォン、好演!)にぶちまける愚痴セリフ、

「最初は3年だけだって。それが3年の後また3年...あっという間に10年になっちまいますよ、ボス! 」

1997年、好景気の中、香港の中国本土返還は行われましたが、直後に折からのアジア通貨危機の煽りを被って、香港の株価と不動産価値は暴落。香港の事業主は香港の生産拠点を閉鎖し、次々と賃金の安い中国本土側の深�祁、広州に移ってゆく。失業率は上昇。繁盛している金融やその他サービス業の雇用は、外人や一部の高学歴の香港人、そして返還以前にカナダやオーストラリアに移住しそこで教育を受けた、富裕層の子女たちによって占められ、一般庶民には縁遠い。オフィス街のビルはどんどん高くなる一方、自分たちは地盤沈下。貧富の差は増すばかり。

「いったい、いつになったら、いい暮らしができるようになるんだ!」

という香港一般庶民の不満を、このヤンの台詞は代弁しているのです。

またマフィアから警察に潜入し、トントン拍子にエリート警察官となり、モダンなオフィスで一見「我が世の春」を謳歌しているかに見えるラウも、いわゆる外資系金融で働く「自称エリート様」同様、いつ化けの皮がはがされるかと思いビクビクしているのです。

八方ふさがりな主人公二人の境遇も、逃げ場がありそうで無い、香港人たちの置かれた環境と対応しています。

最近私が乗ったタクシーの運転手氏、曰く、

「香港は、まったく『無間道』(無間地獄)だよ。抜け出せそうで抜け出せない。どこへも行けそうだけど、お金がなければどこへも行けない。」

老後はどうするの、と私が聞くと、

「ご先祖様は湖北省の出身だったから、そこへでも帰ろうかなって家族で話している。まぁあと20年もすれば本土も見違えるようになるさ...多分。」

世界中、すべての先進国一般庶民同様、グローバルな大競争社会の出現の荒波にもまれる香港人。最近封切られた映画は、まるで香港版「Always三丁目の夕日」でした。

できれば、コッチを真似してほしかった(真似出来ない作品ですが...)

オマケ
近日、日本でも公開されるらしい、去年の中国大ヒット映画、「非誠勿擾」(邦題:「狙った恋の落とし方」...趣味悪し)の予告編です。

50直前になって、結婚相手を必死に探す海外帰国組(「海亀」といいます)中国人男性と、不倫の恋に疲れた美女。この二人が北海道(なぜ?!)へ、それぞれの幸せを掴むための旅に出る。

これを機に、中国で一大北海道ブームが起きてしまったという作品。やはり、国レベルでは高度成長経済にアツくなっていても、個々の中国人は「私だけの幸せ」を渇望しているということでしょうか。

興行収入で「あの『レッド・クリフ』を超えた!」などと叫んでいますが、オリンピックに万博と、国をあげて本当のスペクタクルを用意してくれているところに、映画のスクリーンの中で競争しても、そりゃ勝てませんわ。中国における、お金(だけ?)かけた超大作ブームも終わりましたね。

男女三人、車で北海道ツアー。なんだかセット・アップまで「幸福の黄色いハンカチ」です。

北海道旅行ができる中国人は、中国の全人口の一握り、超上流とは言わないまでも、今の中国における上流階級の人でしょう。しかし、中国の「上流」が、数の上で日本の「中流」を上まる日は、もうすぐそこに来ているようです。

オマケのオマケ
すべてはこの人から始まりました。

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