この度の台風19号に続く水害におきまして、被災された方々には心よりお見舞い申し上げます。今回の水害では2万ヘクタール以上の広範囲にわたる地域が浸水しました。復旧へ向け、これまでにない人数の方々が作業をされているのではないかと思います。
水害は、起きてしまった直後以上に復旧時の健康被害が大きいことが知られています。そういう意味で、災害とは緊急事態ですが、すぐに終わる事態ではありません。被災地の皆様だけでなく、支援に入られる皆様がご自身の健康を守るための知識を得ていただければと思います。
地震や津波、台風などの被害の少ないヨーロッパやイギリスでは、自然災害の中で最もメジャーなものが洪水です。このため洪水の後の健康影響につき、様々な資料が公表されています(詳しくは文末をご参照下さい)。今回はそれらの資料を参考に、水害の後に気を付けるべきことを簡単にお示しします。
水害からの復旧時期に特に気を付けるものは、感染・感電・火事・化学物質、そしてメンタルストレスです。これを勝手に「4K+M」と名付けてみました。
1. 感染
洪水によって運ばれた土には、下水だけでなく、家庭や工場で使っている有機溶剤や油類など、様々な汚水が含まれます。つまり、流された汚泥は、基本的に「下水+α」だと考えてください。これを吸引したり、傷口から細菌が入ることで、重篤な感染症を起こしてしまう可能性があります。消石灰には消毒効果はありますが、強アルカリ性であることから散布できない場所もありますし、触ることは危険です。そういう意味で、目下洪水後の万能の消毒薬、というものは存在しません。
・防護手段
一番大切なことは防護です。ゴム長靴・手袋・ゴーグル・マスクなどの防護手段を用い、泥に直接触れたり、粉塵が目や口に入らないようにしましょう。また作業が終わった後には手洗い・うがいを徹底してください。また作業中は泥のついた手で目をこすってしまわないよう注意してください。
・破傷風の予防・洗浄用の水の確保
泥には釘や破片など、鋭利なものが混ざっていることがあります。流れ着いた物が手足に刺さると、その傷口からばい菌が入り得ます。特に怖いのは破傷風です。破傷風ワクチンは、けがをした後に注射をすれば90%以上感染を予防できる優れたワクチンです。
もしけがをした場合には、清潔な水で洗浄の上早めに洗浄の上、医療機関を受診したほうが良いでしょう。飲料水も不足する状況ではありますが、作業をされる方は傷口洗浄用の水と消毒液も常備していただければと思います。
・子どもとペットに要注意
お子さんやペットは泥んこ遊びが大好きです。洪水の泥を掃除する際に、お子さんが泥で遊ばないよう十分注意してください。ペットも同様です。また、泥水に浸ってしまったおもちゃ類にもばい菌や化学物質がついている可能性があります。お子さんにとって捨て難いおもちゃであった場合には、洗剤で良く洗った上で60℃以上のお湯で殺菌することをお勧めします。グラウンドが浸水した場合には、使用開始の前に土の衛生状態を確認してください。
・熱が出たらすぐ受診を
どんなに気を付けていても粉塵の吸入を100%避けることはできません。水が不足し手洗い・うがいなどができない状況では、泥とは関係なくインフルエンザなどのウイルス感染の流行もあり得ます。
今年はインフルエンザの流行が早く、台風の前に既に北関東方面では流行が始まっていました。ご自身だけでなく周りの方の健康を確保するためにも、咳・熱などの症状があったときにはマスクを着用し、早めに医療機関を受診してください。
2. 感電
また、停電が解除され始めた際に気を付けるのは、家庭内での漏電と火事です。台風の後も長雨が続いていますが、浸水箇所での通電再開は必ず専門家の確認を取ってください。また湿っている場所での電気製品の使用は避けましょう。水たまり周囲で作業をする時にはゴム手袋やゴム長靴を着用することも大切です。
また前述のように、洪水による浸水は水道水の漏れとは異なり、化学物質等が含まれる場合もあります。このため、ある程度の防水加工がなされている製品でも、浸食により壊れることも考えられます。浸水した電化製品は使用しないようにしてください。
3. 火事
意外に思われるかもしれませんが、水害の後には火事が問題になり得ます。一つは断水によりスプリンクラーなどの防火設備が機能しないため、もう一つは漏電が起きやすいためです。特に水が引いて可燃物が乾き始めた時には要注意です。作業をされるときには汚水でも構わないので防火用水を確保しておいた方が良いでしょう。
4. 化学物質
汚水に含まれ得る化学物質には、車から流れ出すガソリンや電池の鉛、家庭の漂白剤、場所によっては農薬等があり得ます。その中は揮発性の高いものもあります。建物の中で汚泥除去の作業をする際には、必ず通気をよくしていただき、頭痛や目がチカチカする、などの症状があった場合にはすぐに作業をやめて外へ出るようにしてください。
また、屋内を乾かすためにディーゼルエンジンやガソリンなどを用いた機械を用いることは避けてください。火事だけでなく一酸化炭素中毒の原因となるからです。
5. メンタルストレス
最後に、気を付けていただきたいのが精神的な疲労です。特にご自身の町や家が水害に合ってしまった方々は、しっかりと息抜きをしてください。多くのストレスは一過性ですが、時に長期にわたる症状が出てしまう方もいます。健康不安、家庭の崩壊、学校の被害、治安、経済的不安、そしてメディアへの露出などがストレスの原因となり得ます。
汚泥の中での作業は、視覚的にも、嗅覚的にも辛いものです。ご自身のご自宅の変わり果てた姿にショックを受けられる方もいるでしょう。復旧作業の緊張の中では、そのような精神的なストレスや疲労に気づけないことが往々にしてあります。
時間を決めて睡眠と急速を十分とっていただき、親しい人とまめに連絡を取り続けてください。ストレスの初期症状として不眠や食欲低下、記憶障害、イライラなどがあります。これらの症状があった場合には、ゆっくり休むことも大切です。
また、休息時にも思わずニュースを検索したり、現状の発信をしてしまうことがあります。災害の情報や他の地域の被災状況などを検索し始めると止まらなくなり、気づかない間に過剰なストレスを抱えてしまうこともあります。休憩時間の災害関連のSNS発信や災害情報検索は極力避けるようにしましょう。
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以上、簡単ではありますが災害時の注意点をまとめてみました。
最後に、もしかしたら体に良くない対応を既にしてしまった方々にもお願いです。乏しい情報の中で最善と思われて下された判断を、どうぞ後悔しないでください。
災害時には早急な判断が求められ、判断を下さないことの方が被害を拡大することも多いのです。周りの方も、過去に遡って当時の判断を徒に責めることのないようお願いいたします。
水害に遭われた皆様、支援に入られた皆様が健康を害されることのないよう、心よりお祈り申し上げます。
越智 小枝(おち・さえ)東京慈恵会医科大学 臨床検査医学講座 講師
1999年東京医科歯科大学医学部卒業。国保旭中央病院などの研修を終え東京医科歯科大学膠原病・リウマチ内科に入局。東京下町の都立墨東病院での臨床経験を通じて公衆衛生に興味を持ち、2011年10月よりインペリアルカレッジ・ロンドン公衆衛生大学院に進学。3.11をきっかけに災害公衆衛生に興味を持ち、相馬市の仮設健診などの活動を手伝いつつ留学先で研修を積んだ後、2013年より福島県相馬市・南相馬市で勤務。2017年より現職。
【参考文献】
(1)Flooding: advice for the public.
(2)Lock S, Rubin GJ, Murray V, Rogers MB, Aml・t R, Williams R. (2012, in press) Secondary stressors and extreme events and disasters. PLOS Disasters.
(3)Flooding – Frequently Asked Health Questions.
(4)Guidance on Recovery from Flooding: Essential information for frontline responders.
(5)Floods in the WHO European Region: health effects and their prevention.