森ゆうこ議員の質問通告に関連する一連の騒動がインターネットを中心に議論されています。当初は「質問通告」を論点としていた問題が、森ゆうこ議員側の主張によっていつのまにか「情報漏洩」という論点に変更され、更には「言論弾圧」や「民主主義の危機」といった論点にまで変貌を遂げています。
この記事においては、この一連の騒動を臨床心理学の分野で指摘されている【潜在的攻撃性=カバート・アグレッション covert-aggression】という概念をキーワードにして分析してみたいと思います。
カバート・アグレッション
臨床心理学者のジョージ・サイモン博士 George Simon, Jr., Ph.D.は、著書 “In Sheep’s Clothing”(邦題:他人を支配したがる人達)で【潜在的攻撃性=カバート・アグレッション covert-aggression】という【人格 personality】の存在を指摘しています。
これは、表面上は感じよく親切ぶりながらその内実は極めて計算高く冷酷な人格のことです。彼らは、ずる賢く緻密に他者の弱点につけこんで、より優位な立場に立つことを画策します。そして、自分が欲しいありとあらゆるものを手に入れるためにハードに戦いますが、何のために戦っているかについては必死に隠します。彼らは、自分の意図を隠して他者を心理操作する【マニピュレーター manipulater】なのです。
被害者は、(1)なぜマニピュレーターが自分達を攻撃するのか明確にはわからない、(2)マニピュレーターに理があるように思わされる、(3)意識していなかった弱点を突かれる、(4)自分に非があるように思わされるといった心理操作のプロセスによって【生贄化 victimization】されていきます。
マニピュレーターの人生の主目的は「勝つこと」であり、そのためには相当な情熱を注ぎどんな障害も取り除きます。良心の呵責もなく、他人の犠牲に無頓着で、社会一般に害悪をもたらします。羞恥心や罪悪感が欠如し、過大な自己評価を抱き、たとえ状況が不利で社会から非難されても行動を止めることはできず、態度や信念も変えません。
留意すべきは、彼らの思考パターンは【自己注目思考 self-focused thinking】【所有欲思考 possessive thinking】【極端思考 extreme (all-or-none) thinking】【自惚れ思考 egomaniacal thinking】【恥知らず思考 shameless thinking】【拙速思考 quick and easy thinking】【鈍感思考 guiltless thinking】であり、一般人とは大きく異なるということです。その特徴を総括すると次の通りです。
<特徴1>常に勝って自分の思い通りにする
<特徴2>常に他者を力によって支配する
<特徴3>自分がよく見えるように偽る
<特徴4>遠慮なく、ずる賢く、執念深く相手の弱点を突く
<特徴5>良心よりも目的が優先する
<特徴6>他者は喰うか喰われるかの自分の人生のゲームの駒に過ぎない
まさにマニピュレーターは「羊の皮を着た狼」なのです。
[脚注] 非常に奇妙なことに、日本のインターネット上には「カバート・アグレッション」の原語として “covered aggression”なる言葉が出回っています。これは明確な誤りで正しくは “covert-aggression”です。おそらく、一つの出所から誤訳が拡散されたものと推測されます。これはこれで興味深い社会心理学的現象ではあります(笑)
森ゆうこ議員の挙動
最初にことわっておきますが、この記事では、森ゆうこ議員の人格がカバート・アグレッションであるかどうかについて議論するつもりはありません。注目するのは、今回の騒動における森ゆうこ議員の行動には、カバート・アグレッションの典型的な特徴が色濃く現れていることです。
今回の騒動は、元々は質問通告遅延問題でした(アゴラ編集部まとめ①②)。森ゆうこ議員は首都圏に記録的な台風19号が迫る10月11日の深夜に、15日(3連休明けのため実質的には翌日に当たる)の参議院予算委員会における自身の質問について「曖昧な質問通告」を提出して、大量の霞が関官僚を夜遅くまで待機させました。
様々な質問に対する答弁を想定する必要がある「曖昧な質問通告」は、国会議員が霞ヶ関官僚に強いるブラック労働問題として以前から指摘されてきたものであり、森ゆうこ議員もそのことを事前に認識していたことは確かです(2019/03/27参議院予算委員会での森ゆうこ議員と安倍晋三首相の質疑応答)。
深刻な被害が予測された(事実そうなった)台風19号が迫る中でこのようなパワハラ行為を平気で行うことができるのは、官僚を政治ゲームの駒に過ぎないと考えているためと考えられます。このことは上記<特徴2><特徴6>を示すものです。
質問通告をルール通りの16:30頃に終えたと森ゆうこ議員が宣言する一方で、官僚がその曖昧な質問通告に悪戦苦闘していた状況が次々と発覚し、最終的に質問が確定したのは、深夜であったことが判明しました(足立康史議員)。官僚に対する人道的配慮よりも相手に勝つことを優先しているこの行動は<特徴5>を示すものです。
10月15日の参議院予算委員会において質問に立った森ゆうこ議員は、民間人である原英史氏に対して虚偽が確定している根拠を基に罪人扱いするという誹謗中傷を行いました(原英史氏①②③④⑤)。この行為は、権力者である国会議員が一般国民の尊厳を侵す威嚇的な人権蹂躙であり明らかに憲法13条に抵触します。
このことは<特徴1><特徴2>を示すものです。また、憲法51条で規定された免責特権を悪用して誹謗中傷を正当化しているのは<特徴4>を示すものであり、さらに、虚偽が確定している根拠を用いてテレビ中継のある予算委員会で巨悪と戦う自分を演出しているのは<特徴3><特徴5>を示すものです。
さて、質問通告に関する不都合な事実が発覚すると、森ゆうこ議員は事前に質問内容が露見したことを問題視し、質問通告遅延問題を情報漏えい問題にすり替えます(NHK)。都合が悪くなると【論点回避 red herring】して、負けるゲームを勝てるゲームに変えてしまうのは<特徴1>を示すものです。森ゆうこ議員は1mmも譲ることはないのです。
森ゆうこ議員は、国民民主党の原口一博国対委員長らとともに、情報漏洩に関する国民民主党と立憲民主党の合同調査チームを立ち上げると同時に、強大なマスメディアを使って相手を一方的に威嚇するような会見を開き、情報漏洩は国会議員の質問権の侵害であることを主張しました(映像)。
そもそも今回の問題が発覚したのも、霞ヶ関の官僚がツイッターの匿名アカウントを利用して内部告発したのが始まりでしたが、この合同チームは国会議員という地位を使って、その犯人捜しをするものです(池田信夫さん)。これは<特徴2>を示すものです。加計問題の際に内部告発者に関する調査を行う政府の動きに対して森ゆうこ議員がヒステリックに批判したのは何だったのでしょうか(朝日新聞)。
この会見では、「国会質問の前に通告内容を漏洩されて炎上させられれば追及の手も鈍る。怖くて質問通告ができない(原口一博国対委員長)」「国会議員の発言の自由を守る憲法そのものに対する挑戦であり重大な民主主義への挑戦だ(森ゆうこ議員)」との見解が示されましたが、まったく意味不明です。
まず、第一に「通告の内容が漏れて炎上する」という前提の意味自体がわかりません。第二に「炎上すると追及の手が鈍ったり恐がったりする」という前提と結果の因果関係がわかりません。そんな覚悟のない国会議員はすぐに辞職すべきです。平素から官僚に対して恫喝まがいな態度(映像)をとっている森ゆうこ議員が質問の内容を事前に知られると追及の手が鈍ったり恐がったりするなど想像もできません。
2018年12月7日の参議院本会議における一人国会ジャック(映像)の事実からしても、森ゆうこ議員が萎縮するなど考えられないことです。
第三に、今回の質問の内容については、情報漏洩されるまでもなく、森ゆうこ議員自身がツイッターで公開していることです。これは、事前に内容が漏れると質問の自由が侵されるという主張と矛盾しています。実際、15日の質問ではプレッシャーを受けていたとは到底思えず、逆に民間人である原英史氏を虚偽の根拠で誹謗中傷したくらいです。このような理解不能な理由で質問権を侵害されたと羊のフリをするのは<特徴3>を示すものです。
なお、10月23日の衆議院内閣委員会において、質問漏洩問題に関して虚偽の情報(いわゆる時差トリック)を基に国会委員会で追及を行った今井雅人議員と柚木道義議員も、羊のフリした攻撃者です。
特に虚偽の情報を基に北村誠吾大臣に対して恫喝のような攻撃的質問を執拗に繰り返した柚木道義議員は極めて悪質です。柚木道義議員はさらに、森ゆうこ議員から虚偽の情報を基に罪人扱いされた原英史氏が抗議の署名運動を始めたことに対して「弾劾請求なんてやっていたら質問が成り立たない。国民の知る権利をどうやって代弁するのか」とあたかも国民の味方のフリをしながら、署名活動という国民の表現の自由を弾圧する発言を行いました。これも、まさにカバート・アグレッションの行動様式とよく一致します。
国民が罪を問えない国会内において、国会議員が国民を攻撃するという極めて恐ろしいことが今実際に行われているのです。これは国民主権の危機に他なりません。国民に牙を剥いた柚木道義議員に対して強く抗議します。
羊のフリした攻撃
人格がカバート・アグレッションであるか否かに拘わらず、このような羊を装った攻撃は、今回の事案に限った特別な行動様式ではなく、過去にも多く繰り返されてきました。そのほんの一部の例を挙げると次の通りです。
■政権批判を根拠なく過激に行ってもお構いなしの言論の自由が確立している日本において、具体的証拠が全くないにも拘らず、言論弾圧を受けていると装いながら言論弾圧者として政権に怒りをぶちまけた「私達は怒っている」の青木理氏、大谷昭宏氏、金平茂紀氏、岸井成格氏、田勢康弘氏、田原総一朗氏、鳥越俊太郎氏
■二重国籍問題を国籍差別&プライヴァシー侵害問題にすり替えることで、被害者を装いながら問題を追及する側を差別者として攻撃した蓮舫議員
■選挙の敗北を「ガラスの天井」発言によって女性差別にすり替えることで、被害者を装いながら日本社会を未熟な差別国家として批判した小池都百合子知事
■実際にはセクハラが社内で蔓延っていながらも、セクハラ問題の被害者を主張することで、麻生太郎財務大臣を女性の敵として攻撃したテレビ朝日
■レーダー照射問題を低空飛行威嚇問題にすり替えることで、被害者を装いながら日本を無法者として攻撃した韓国
■輸出管理の問題を徴用工訴訟の報復にすり替えることで、被害者を装いながら日本を国際協定違反者として攻撃した韓国
■補助金を貰って公共の福祉に反する展示物で商売する経済的自由を問題視されたことを精神的自由である表現の自由の問題にすり替ることで、被害者を装いながら問題を追及する側を表現の弾圧者として攻撃したあいちトリエンナーレの主催者側
■消費増税を自らが中心となって決定しておきながらも、消費増税に反対する国民の味方を装いながら政府を攻撃した旧民主党勢力(立憲民主党&国民民主党)
このように、不合理な攻撃者はしばしば非論理的に論点をずらした上で、罪のない羊を装いながら逆ギレして攻撃に至ります。人格がカバート・アグレッションであるか否かに拘わらず、カバート・アグレッションの特徴に合致する行動様式をとる人物はマニピュレーターであると言えます。
カバート・アグレッション対策
羊のフリして相手を果敢に攻撃するカバート・アグレッションの標的にされた場合に、私達はどのように行動すべきなのか、ジョージ・サイモン博士は次のような一般的解決法を示しています。
- 攻撃者の言い訳を受け入れない
- 攻撃者の意図を絶対に善意で解釈せず、行動のみを判断の材料とする
- 攻撃者の行動をどこまで許容するかの範囲を予め設定しておく
- 攻撃者には単刀直入な言葉で問いただす
- 攻撃者から単刀直入な回答のみを受け入れる
- 攻撃者の論点変更を認めない
- 攻撃者の責任を追及する
- 攻撃者に対する皮肉・敵意・罵倒・脅迫を避ける
- 攻撃者から受けた被害に対して迅速に対応する
- 攻撃者には自分の意見で話す
- 攻撃者とは絶対に不合理的な合意を結ばない
- 事態の成行を見極めながら常に行動を準備する
- 被害者は自分に正直でなければならない
概して言えば、隙あらば論点を外して善の存在を装いながら被害者の弱部を攻撃してくるマニピュレーターに対して、被害者は、付け入る隙を与えずに元々の論点を直接的に問い続けることが重要です。少なくともカバート・アグレッションの行動様式をとる相手に対して、上記解決法を選択することは戦略上合理的です。
ちなみに、このカバート・アグレッションの行動様式に対峙されている原英史氏は、上記解決法を見事に実践されています。おそらく経験知を持たれているのではと推察する次第です。
編集部より:この記事は「マスメディア報道のメソドロジー」2019年10月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はマスメディア報道のメソドロジーをご覧ください。