田舎の公立高校出身で東京に出てきて成功したお父さんなどは、私立小学校受験も中学受験も一緒くたにして「お受験」とバカにするが、これらはまったく異なるものだ。
私立小学校受験は、完全なる嗜好品である。ブランド物のバッグや高級外車が売れるのは、それが機能的だからではない。むしろ、その真逆で、原価や機能などを見たらバカバカしいものだからだ。そういったバカバカしいものに高い金を払える、ということをわかりやすく示すことで、世間に自分の地位、あるいは持っている財産を暗にひけらかせることが重要なのだ。私立小学校は、そこに入るための受験勉強や教育自体には、将来の大学受験偏差値を引き上げたり年収を引き上げるという効果はないが、そんな役に立たないものにポンと金を払える家庭の子供しか通えないからこそ、そこに大きなブランド価値が生まれるのだ。
一方で、中学受験は違う。ある意味で、私立中高一貫校の教育はコモディティで、費用対効果がユーザーにシビアに見られている。たとえば、一昔前まで、東京の男子御三家といえば、開成、麻布、武蔵だった。しかし、武蔵は、高校生に英語の他に第二外国語を勉強させたり、自由研究のような受験に関係ないことをたくさんやらせたりしたため、東大合格者数が減った。さらに、入試でも、中学受験塾で勉強することから外れた問題が多かったために、SAPIXなどに子供を通わせる親たちにそっぽを向かれ、御三家の地位を奪われることになった。新たに御三家の一角に踊り出たのは、東大や早慶などの東京難関大学合格のためのオーソドックスな先取り学習+入試演習のカリキュラムと、宿題を与えたり、補習などを行い子供にしっかりと勉強させる面倒見の良さで東大合格者数を年々増やしてきた駒場東邦である。関西では、同様に子供にしっかりと勉強させる新興の西大和が、2015年度入試では、81名の京大合格者を出し、24年連続京大合格者数トップだった京都の名門である洛南を打ち破り、関西最難関の一角に躍り出た。いまや親たちは誰も「自由な校風」という名の放任教育など求めておらず、しっかりとした進学実績を出すことを何よりも求めているのだ。
また、2016年度入試では、女子のランキングに異変が生じている。長らく女子最難関の名をほしいままにしていた桜蔭が、やはり新興の共学校である渋谷教育学園幕張(通称、渋幕)の後塵を拝したのだ。桜蔭は東大合格者数を昨年の76人から59人に減らした。そして、渋幕は逆に56人から76人に増やした。渋幕は千葉の私立中高一貫校で、鉄緑会の指定校でないため、ダブルスクールが少ない。つまり進学実績は、そのまま中学・高校の教育力の成果だといえる。一方で、桜蔭は、中1からさっそく鉄緑会に入り、東大受験に向けた先取り学習を進める親子が多い。こうした優位性にもかかわらず、渋幕に敗れたことの意味は大きい。実際に、日能研偏差値でも、桜蔭は渋幕に負けている。来年も進学実績で負けることになれば、もはや桜蔭を最難関校とは誰も呼ばなくなるだろう。
現在の王者である開成も、現役東大合格率がさほど高くないことや、受験勉強には関係ない体育祭などに生徒が無駄なエネルギーを費やすなど、カリキュラムの構造的な欠点がたびたび指摘されており、東京最難関の地位を常に脅かされている。ほとんど競争のない日本の大学と違い、地方の名門公立校も交えて、日本の高校はこのように激しい競争に晒されているのだ。
少子化にともない、日本の進学校は群雄割拠の時代に突入している。
さて、今回は、これまで連載してきたシリーズ「受験工学」に、読者から寄せられたいくつかの相談に答える形で、多くの家庭にとって喫緊の課題である、中学受験vs公立高校受験のどちらがいいのか、さらに詳しく論じていこう。まずは、ひとつ目の投稿であるが、中学受験のメリットに関してよくまとまっている。
―難関中学受験の偏差値以外のメリットについて
はじめまして、スノーマンといいます。
いつも興味深くメルマガを拝見しております。
藤沢さんの「東大と国公立大医学部以外なら中学受験は必ずしも有利にならない」という論考は、大変勉強になりました。
私自身、数学と英語が得意なタイプで、これまでの人生でずいぶん得してきたと思っています。
一方で、私はいわゆる難関私立一貫校から東大に現役合格した経験から、一定の条件下ではやはり中学受験にもメリットがあると考えています。
いずれも、藤沢さんの偏差値分析のような定量的な考察は難しいですが、定性面で無視できないものではないかと思っています。
【一定の条件】
・公立中学よりも同級生の学力が明らかに高い学校に入れる(東京だと、たとえば日能研偏差値で60くらい以上が目安でしょうか)
・小学6年生を除いて、英語の学習にも力を入れる(5年生までは受験勉強にフォーカスしすぎない)
【中学受験のメリット】
・中学校の授業のレベルが公立よりも高いため、中学時代の塾通いは不要(東大医学部みたいな受験オリンピックを目指さなければ)
・受験で選抜されることで、真面目な子の割合が高くなり、よい影響を受ける可能性が高い
・不良が少なく、悪影響により大きく道を踏み外すリスクを減らせる(首都圏の親御さんが、実は一番心配しているポイントかもしれません)
・身近なライバルである同級生との競争心で、勉強や志望校に対する目標が高くなる
・男子校や女子校に入れることで、恋愛に余計な時間を取られない(これは賛否両論ありますが、私自身は男子中高で、本格的な恋愛は大学からでしたが、結婚までに十分な恋愛を経験し、恋愛キャリアについても後悔はありません)
これらの点について、藤沢さんのご意見を聞かせていただけると幸いです。
なお、上記の「一定の条件」を満たすためには子供の地頭が10人に1人以上のレベルでないと難しいかもしれませんが、このメルマガの読者の御子息には遺伝的にそのような子はたくさんいるかと思いますので、気にせず投稿しました。
また、少なくとも中堅以下の私立中学に入れるメリットはほとんどないと思っています。
むしろ、学力上位層がほぼ皆無なので、そういった友人(ライバル)を作れないデメリットの方が大きいのではないでしょうか。
以上、よろしくお願いいたします。
スノーマンさんがまとめてくれた定性的なメリットは、どれもとても常識的なものだ。右も左もわからないまま中学受験に参戦してしまったド素人のママたちはさておき、これが多くの学のある親たちのコンセンサスであろう。
僕もある程度は、こうしたコンセンサスに間違いはないと思っていた。しかし、少ないデータから定量分析をすると、必ずしも受験産業の謳い文句通りではないこともわかってきた。
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編集部より:この記事は、藤沢数希氏のブログ「金融日記」 2016年4月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、「金融日記」をご覧ください。