マイナンバー法の誤解(第4回)~「給付付き税額控除」の実現にマイナンバーは必要か?~ 

八木 晃二

10月29日の野田首相の所信表明演説は、「低所得者対策や価格転嫁対策を具体化するとともに、きめ細やかな社会保障や税制の基盤となるマイナンバー制度を実現しなければなりません。」とうたっている。そして、『きめ細やかな社会保障や税制の実現』の目玉として、従来から民主党が主張してきた本丸が 『給付付き税額控除の実現』である。『給付付き税額控除』とは、所得水準が課税最低限に達していない場合、あるいは所得税控除額よりも納税額が低い場合に、税金を徴収するのではなく、逆に給付を行うというものである。今回は、この『給付付き税額控除』を本丸とした、『きめ細やかな社会保障や税制の実現』のためにはマイナンバーが必要であるという主張の妥当性について検証してみたい。

 


今回の話は、これまでの3回に比べてさらに専門的な内容となるため、先に結論を述べることとする。『給付付き税額控除の実現』を本丸とした、『きめ細やかな社会保障や税制の実現』のためには、新たに納税者番号(使用範囲を社会保障と税分野の名寄せに限定した番号)を導入して、フロー(所得)を補足するための仕組み(法定調書の整備等)を構築すればよく、現在の法案が「マイナンバー」として掲げている、社会保障と税以外にも幅広い分野で共通に使用する番号は不要である。加えて、現在の政府の「まず番号制度の導入を先行させ、その活用はその後考える」という進め方は、本末転倒であり、止めるべきである。今は、完成図(=社会制度)がしっかり定まらない状態のまま、なんとなく必要そうに感じられるツール(=番号制度)の導入の議論ばかりをしている状態である。最初に議論し、制度化すべき内容は、まずこの番号は何の目的に使うのか、そのユースケース(使い方)を明確にすることである。その目的を実現するための単なるツールである番号制度の議論は、その後で十分であり、急ぐ必要はない。順番が全く逆である。

以上の結論を述べた上で、何故「マイナンバー」(複数分野で共通に使用する個人に付番した番号)が不要で、新たな納税者番号(使用範囲を社会保障分野と税の名寄せに限定した番号)だけで十分に『きめ細やかな社会保障や税制』が実現可能なのかについて検証してみたい。

そもそも、『きめ細やかな社会保障や税制』とは、何であろうか?分かり易く言うと、1)国・地方の税等徴収において、取りはぐれを無くすこと。2)国・地方の社会保障の給付において、払い過ぎを無くすこと。この2つの実現によって、きちんと税金を払って、正しく社会保障を受給している人の不公平感を無くすことである。

では、1)税等の徴収において、取りはぐれを無くすこと、の実現に必要な仕組みとは何であろうか?一つには、古くから税負担の不公平感の代名詞となっているクロヨン問題の解決である。クロヨン問題の解決も含めて国民の所得をできる限り正確に把握するためには、最終的には、確定申告を国民に義務化することが求められる。そして、そのためには、全国民に新たな納税者番号を付番する必要がある。そして、その納税申告の正確性をチェックする仕組みの構築、すなわち、個人には新たな納税者番号、企業には新たな法人番号を付番して、お金のフローをできるだけ補足する仕組みの構築が必要となる。現在でも、国民に見えないところでは、行政内部の事務処理用に番号が振られているようであるが、申告ベースの納税のためには、国民全員に新しく納税者番号付番して、かつ配布し、国民に番号を明確に認識させることが必須となる。

次に、2)社会保障の払い過ぎを無くすこと、の実現に必要な仕組みは何であろうか?なお、ここでは、『給付付き税額控除』も含めて所得控除や税額控除に関連する社会制度も含めて議論する。その基本は、新たな納税者番号を使用して、個人のフロー(所得)、さらにはストック(資産)を正しく把握することである。そして、その納税者番号を使用した扶養者の二重登録のチェック等の、扶養関係の確認の仕組みを構築することである。

それでは、フロー(所得)の把握のために実現すべき仕組みとは何か。それは、株式配当金、株式譲渡益等の支払いにおいて、新たな納税者番号をリンクしてフローを把握すること、及び、銀行預金の利子所得の支払調書等に新たな納税者番号をリンクしてフローを把握する仕組みを構築することである。さらには、新たな納税者番号と金融資産(銀行の預金残高、株式の時価等)や不動産資産をリンクさせて、ストック(資産)までも管理しようという考え方もある。社会保障の給付の制度設計において、ストック(資産)の把握まで広げるべきか否かは、専門家の意見も分かれるところであり、慎重な検討が必要となる。

このように、新たに導入すべき番号制度(ここでは新たな納税者番号)は、『きめ細やかな社会保障や税制の実現』のためのツールでしかない。改善すべき、税制度や社会保障制度が決まりさえすれば、どのようなツールが必要かは自ずと明らかになるはずである。であるから、『きめ細やかな社会保障や税制』の為にクロヨン対策はどこまでやるのか、確定申告の義務化をやるのか、社会保障の連携の範囲はフロー(所得)までなのかストック(資産)までなのか、これらの制度設計をすることが先決である。肝心の制度目的、設計が曖昧なままで、番号制度というツールの議論ばかり先行しているがために、様々な誤解と混乱が発生し、多くの問題を含んでしまっているのが現状である。

話を『給付付き税額控除の実現』に戻そう。上記の仕組みに加えて、『世帯』の定義を明確にする必要がある。戸籍や住民基本台帳制度にもからむ、番号制度検討の着手前に議論すべき、重要な課題である。前述したように、『給付付き税額控除』とは、所得水準が課税最低限に達していない場合、あるいは所得税控除額よりも納税額が低い場合に、税金を徴収するのではなく、逆に給付を行うというものである。では、その給付の単位は何か、『世帯』である。では、『世帯』の定義とは何かというと、「同一住居に住み、生計を一にする単位とされ、親族関係とは無関係」である。親族関係とは無関係であるから、戸籍からは把握できない。生計を一にするは、住民票でも戸籍でも分からない。同一住居も、住民基本台帳は申請ベースであるため、必ずしも正しい情報とは言えない。例えば、大学生の子供がいて遠隔地に下宿しているケースを想像していただきたい。このような場合、子供の住民票を親の自宅に残したままにしておくか、実際の居住地に移すかは人によって様々であろう。さらに、生活を全て親からの仕送りでやっている場合もあれば、アルバイト等で自活している場合もあろう。とすると、住民票を移したか否かで、『世帯』か否かを決めてよいのであろうか?さらには、生計を一にしているか否かは何で証明するのであろうか?そう、番号制度を議論する前に、既存の戸籍制度や住民基本台帳制度から議論しないと全く意味がない、ことがお分かりであろう。

このように、番号制度の導入を検討する前に、制度設計しなければならないテーマは山積みである。にもかかわらず、何故に番号制度の議論だけが優先されて、盛り上がるのか全く理解不能である。

まとめると、今まずすべきことは、
1) 番号制度の議論を始めるのであれば、その前に、その目的とユースケースを明確にすること
2) そして、導入する番号は、使途目的を税と社会保障にしぼった新たな納税者番号にすること
である。

1)の理由は明確である。せっかくツールを作ったのに何にも使われないと無駄使いと非難されてしまうため、一生懸命に本来の目的でない使い方(ユースケース)を探すことになってしまう。当然だが、そうして無理やり作ったユースケースは国民にとって何のメリットもない。今まさに、マイナンバー法案を作ったもののユースケースが全く見いだせない政府は、民間企業や経済団体に対して「ユースケースを出してくれ」の要請を出している真最中である。まさに、税金無駄使いのマッチポンプ状態である。ちゃんとした使い方を教えないまま道具を与えられた子供が、勝手に遊び方をひねり出して振り回している内に、怪我をするようなものである。

2)の理由も明確である。個人に付番された一つの番号を、不用意に多くの分野で共通化して使うことは「プライバシー侵害」の危険性を最大限に高めることとなる。プライバシー保護の観点からやってはいけない事の基本中の基本である。言ってみれば、認印も銀行印も廃して、これから印鑑は実印で統一する、と言っているようなものである。このテーマは、次回以降で触れることとする。

ひょっとすると、今回の臨時国会でマイナンバー法案が成立してしまう可能性がある。今のままでは、国民が期待していたことは実現されずに、税金の無駄遣いのみが発生することになるだろう。是非、過去に私が投稿で指摘した点も含めて考え直して欲しいものである。

もし、今のままマイナンバー法案が成立してしまったら、きっと、この投稿を読んでいただいている皆さんは、5年後、10年後に、日本人にとってあの時が分水嶺であったことに気づくことになるだろう。