腹が満ちては戦にならず - 小飼弾

小飼 弾

Guy Kawasakiの記事にうなづきっぱなしだったので。

Kawasakiは同記事で、資金過多が資金不足より性悪な理由を六つあげている。以下、見出しだけ借りて、あとは私自身の言葉で言い直すことにしよう。

1. 支出が財源が許すまで膨張する – Expenses expand to the level of funding.

お役所を見ればそうなることはよくわかるが、これはお役所の専売特許ではない。手元に500円しかなければ500円の昼食で満足していたものが、5,000円あると5,000円の昼食を注文してはいないか?

2. 誤った安心感がもたらされる – Money creates a false sense of security.

例えば一年分の支出にある資金が入ると、「これであと一年は大丈夫」とひと安心してしまうが、それに本当に安心して一年間事業を放置したらどうなってしまうか。飢えたライバルに食われるのは火を見るより明らかなのに、そのなまぬるい安心感が火の熱さを忘れさせてしまう。

3. 「出来上がった」人ばかり採用するようになる – Money makes companies hire “proven” people.

「欲しい」が「失いたくない」になると、人事も受け身になる。加点主義は減点主義におきかえられ、高得点な人よりも低失点の人がよく見えるようになる。結果、若くて未経験で安月給で頭がよい人々は、老いて経験豊富で高給取りな運がよかった人々と置き換えられる羽目になる。

4. 才能を金で買うようになる – Money makes companies buy people with salaries.

「出来上がった」人々は値段のついている人々でもある。以前は買えなかったそういう人々を買う金が手に入ると、まるで500円の昼食を5,000円にアップグレードするように人材を金で買うようになる。こうした才能が実は金で買えないどころか、金でダメになることは「モチベーション3.0」も指摘している通りなのに。

5. その道の権威に依存するようになる – Money causes dependence on experts and vendors.

出来上がった値段のついた人々は、その道の権威でもある。権威とは何か?判断の基準が論理的ではなく属人的であるということだ。自らの考えではなく、「あの人がそう言っていたから」そう決めてしまう。昨今社内英語効用化の議論が活発であるが、英語力もまた権威の一つであることを賛成派は留意しておく必要があるだろう。

6. 起業家の仕事が順序を守ることだと思えてくる – Money makes entrepreneurship look like a serial process.

起業→ベンチャーキャピタル出資→上場または起業買収、なんてまっすぐ進むのであれば起業家なんて必要ない。マニュアルがあれば充分だ。マニュアルがあるのであれば機械化だって出来るだろう。実際のところ、ビジネスの八割は例外処理でルーチンワークが二割程度。この比率が逆ならその事業はすでに大企業病に罹患しているといってよいだろう。

日本では起業より廃業の方が多いことはアゴラの読者であればご存知であろう。寄稿者各位がそれぞれその理由と解決策を述べているが、私が見るところ、根源的な理由はこれではないか。起業するにはあまりに well-fed にして smart なのである。新興国の人々から見れば、新卒採用さえ「出来上がった」「権威」を「金で買っている」ように見えるのではないか。

しかし不足も過多も、結局は心の持ちようでもある。Appleが先日過去最高の決算を出したのに、その発表の場で「年内に驚くべき新製品を投入する」とぶちあげたのは、そのことが骨身に沁みているからだろう。2兆円を超えるキャッシュが手元にありながら Hungry で Foolish であり続けることは、2兆円のキャッシュを手に入れること以上に難しいが、それでも不可能ではないのだ。

Dan the Bloated Entrepreneur