全共闘の遺産

2010年09月15日 00:46

民主党の代表選挙は、菅首相が予想外の大差で再選された。2人の政治手法は対照的だが、選挙演説は昔話が多く、妙に「昭和的」な点で共通していた。特に菅氏が、自分の「原点」は市民運動だとのべて、運動経歴を語ったことには違和感を感じた。これは野党の党首の言葉としてはわからなくもないが、国家を統治しているという自覚があまりなく、いまだに「反権力」のポジションが抜けていない。よくも悪くも、団塊の世代=全共闘世代の政権なのだ。


菅氏自身は正確には全共闘ではなく、市川房枝や江田三郎などの市民運動の出身だが、「影の首相」といわれる仙谷官房長官は東大全共闘(フロント系)の出身だという。千葉法相も中央大全共闘(ブント系)で、赤松前農水相は早大の社青同解放派の活動家だったといわれている。

それ自体は驚くようなことではない。この世代では、ある程度の政治的意識のある学生は何らかの形で学生運動にかかわっていたからだ。特に菅氏や仙谷氏の所属していたのは穏健派で、当時の社会党・共産党(マルクス=レーニン主義)より「右派」だった。しかし共産党のように教義がはっきりしていると、それを卒業するのも簡単だが、穏健派は左翼的なバイアスに気づきにくい。栃木なまりが直りにくいのと同じだ。

彼らのバイアスは、ひとことでいえば「新憲法バイアス」である。生まれたのが終戦直後だから、戦争は絶対悪で、平和憲法は人類の理想だという教育を子供のころから受けた。自民党は大資本とつながっていて、大資本は帝国主義の元凶だから、戦争は資本主義があるかぎり必然だ。したがって戦争をなくすためには、資本主義を廃絶するしかない。それが過激化すると連合赤軍のような武装闘争になるが、ベ平連のような市民運動にも(たぶん菅氏にも)共通の感覚だった。

つまり民主党政権の中枢にいるのは、資本主義=悪だと信じて、それをなくすことを最終的な目的にして人生を過ごしてきた人々なのだ。もちろん途中で彼らは、その間違いに気づいただろう。しかし資本主義を認めることは自分の人生を否定することになるので、左翼的イデオロギーを「福祉国家」に模様がえして延命してきた。

ところが不幸なことに、福祉国家も財政危機によって看板として使えなくなってきた。「政治主導で無駄をなくす」とかいうごまかしもきかなくなり、いよいよ本丸の社会保障(という名の老人保護)を削減しないと財政は再建できないという不都合な真実に直面せざるをえない。この問題に向き合うことが、第2次菅内閣の課題だろう。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長 SBI大学院大学客員教授 学術博士(慶應義塾大学)

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