デジタル教科書、正念場 - 中村伊知哉

2010年11月19日 16:21

慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授
2010年、教育の情報化が急速に動き始めた。新型のタブレットパソコン、電子書籍リーダー、電子黒板など、デジタル教育で役立ちそうな機器やツールが出そろってきた。デジタル教科書と呼ばれる教材やパソコン向け教育ソフトなども開発に拍車がかかっている。


政権交代をきっかけに政府も力を入れ始め、現在は6人に一台程度のパソコンを2020年には一人一台普及させることを目標に掲げている。全ての子どもがデジタル教科書で学べる環境を整えようというのだ。今年やっと閣議決定までこぎつけた。

しかし、日本は動きが遅かった。アメリカ、イギリス、ポルトガル等が力強い足取りを見せているほか、韓国やシンガポールは2012~2013年にデジタル教科書の本格利用を予定しており、日本の7~8年先を行く。フランスは、2011年に一人一台を達成する計画だという。ウルグアイに至っては、かつて西和彦さんや筆者らがMITに企画をもちかけてプロジェクト化された100ドルパソコンを全ての子どもたちに配布したという。日本は10年遅れである。

こうした状況を受け、教育のデジタル化を推進する民間団体として、今年7月、「デジタル教科書教材協議会」が発足した。小宮山宏 前東京大学総長が会長を、筆者が事務局長を務める。会員数108社。出版、通信・放送、ソフトウェア、メーカその他さまざまな業界が学校現場や政府と連携しつつ、次の世代の教育を切り拓く活動を進めている。

誤解があるようだが、紙の教科書をなくそうというのではない。紙の教科書やノートを併存させつつ、デジタル技術のメリットを活かせる場面で適宜子どもたちが使えるようにすればよい、という考え方だ。授業の数割でデジタルが使われるようになる、というのが現実解だろう。

コンピュータは、1)映像や音声が使えたり文字の大きさを変えたりしてわかりやすくなる2)反復タイプの学習に適する3)創作、表現がしやすい といった機能がある。これを活かしたい。ネットワークがもたらす「つながる」ことの効用も期待される。1)先生や生徒が互いにつながることで、教え合い学び合う協働的な学習が促進される2)どこに住んでいても、世界の最新の情報にアクセスできる3)保護者、地域の方々とも連絡できるほか、他の学校ともつながって授業を行える4)それぞれの進度、理解度に応じた指導がしやすくなる。

どんどん進めよう。と、思うのだが、反対も根強い。田原総一朗さんは「デジタル教育は日本を滅ぼす」という本を上梓。これに対し筆者らは「デジタル教科書革命」という書物をまとめ、このブログでも反論を記したので、ここでは内容は省略する。

だが、さらに田中眞紀子・外山滋比古さんが「頭脳の散歩 デジタル教科書はいらない」という本を出したと思いきや、中村東吾さんは「孫正義のデジタル教育が日本を救う」を出版。デジタル教育を巡り、アナログの書籍が賛否を問うている。

ただし、いずれも教育を改革すべきという点では一致している。現状肯定ではない。しかし、その改革アプローチとして、デジタルが役立つか否かの見解が異なっているのだ。なぜ異なるのか。それは、デジタルなるもののイメージが共有されていないからだ。

反対意見の多くは、デジタルは電卓ないしはゲーム機のようなもので、授業が画一的になり、先生不在で機械に没入する、読み書きもさせない、というイメージだ。もしそのような使わせ方になるのなら、筆者だって反対する。つまり、問題はアナログかデジタルか、ということではなく、新しい道具を授業の中でどう使いこなすのか、どんな教育をするのか、なのだ。

保護者にアンケートを採っても、賛成と反対と不明とが1/3ずつに分かれる状況である。現場の先生にも非常に熱心なかたがたもいれば、不安を抱いているかたも多いという。世代によっても反応が異なるだろう。

教育環境が大きく変化することに対する漠然とした恐れを払拭することは簡単ではない。日本はこの数年、青少年のケータイを禁止したり建築や金融の規制を強化して経済を痛めたりインフルエンザが上陸したらみんな一斉にマスクしたりと、不安からくる縮み指向に苛まれ、事態を打開するパワーが漲らない。

これを打破するには、まずデジタル教育の具体的な未来像を共有しなければならない。第一に教材の開発だ。産官学の連携により、教育効果の高いコンテンツを生む。紙の教科書をデジタル版に置き換えること以上に、デジタルならではの新しい種類の教材を開発したい。そして、デジタル教育を望むという現場の先生や保護者や子どもたちの声を高める。これが結局、近道だ。

また、教育効果を検証するとともに、学校現場の不安を解消するため、実験を広げていく必要がある。現在、政府予算により十校での実証実験「フューチャースクール事業」が行われているが、その数を一桁以上増やすべきだ。珍しいことに、本件では文科省と総務省がタッグを組んでいる。

教員サポートを充実すること、教務の情報化を進めることもセットとなる。これらを総合的に推進する政策パッケージを組み、政府目標の2020年を前倒しして、2015年には全ての子どもたちがデジタル環境で学習できるようにすべきと考える。

11月14日には、田原総一朗さんと「激論 デジタル教育は必要か」と銘打つ対談を行った。

当初、平行線だったが、最後には田原さんにもデジタル教科書教材協議会にお入りいただき、教育論議を引っ張ってもらうことになった。子どもたちの未来に対する思いは同じだ。めでたし、めでたし。
 
と、ここまで書いたところで、大変なことが起きた! 

対談の翌日の15日、行政刷新会議による事業仕分けで、「フューチャースクール事業」が廃止と判定されてしまったのだ。学校教育情報化の推進やデジタル教科書の普及は新成長戦略の閣議決定に基づく施策であり、その決定には菅総理も蓮舫さんも署名している。この政権として、いったいこの政策を、誰の責任でどうしたいのか、さっぱりわからない状況となった。

民主党情報通信議員連盟も即刻動き、17日にはフューチャースクール事業などについて「事業の実施方法等を見直した上で、実施すべき」との申入書を政府に提出している。政権内部でもまだ整理がついていない模様だ。

国が教育情報化に向け本格的に舵を切ったことと歩調を合わせて民間も立ち上がり、困難な課題に取り組むこととなった。このタイミングで事業を廃止するという政治メッセージは、期待を高める産業界の気勢もそぐし、先生方の意気も消沈させる。何より、情報化の恩恵を受ける子どもたちの顔を曇らせる。

早くもデジタル教科書は正念場を迎えた。政府はどうするつもりなのか、しっかり腹を固めてもらいたい。
(中村伊知哉)

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