遺伝子から箱根駅伝を観戦する

2011年12月30日 09:15

◆短距離タイプと長距離タイプを決める遺伝子

正月にはスポーツイベントが目白押しなんだが、中でも正月2日3日に行われる箱根駅伝を楽しみにしている人も多いだろう。特に、母校が出場しているヒトにとっては、見逃せないイベントに違いない。筆者が「今日のリンク」末尾で紹介したブログ「情報考学 Passion For The Future」によれば、関東の私大にとって箱根駅伝に出場することは大きな宣伝効果があるようだ。

人間の走力を考えると、大きく分けて短距離タイプと長距離タイプがいる。駅伝に出場する選手は、やはり長距離タイプとなる。では、この違いはどこからくるのだろうか。遺伝子の研究によって、ヒトの筋肉のことが少しずつわかってきたんだが、それによると筋肉にも短距離タイプと長距離タイプがあるらしい。


ヒトの骨格筋には、大きく分けて2種類ある。赤と白、赤筋と白筋だ。
赤筋は、有酸素運動でエネルギーを効率的に作り出し、代謝が高く疲れにくいので長時間の作業に向く。身近な例だとステーキとかマグロの赤身を思い浮かべてもらえばいいんだが、この筋肉はミトコンドリアが多く盛んに活動するのも特徴だ。持久力がある反面、瞬発力はあまりない。
白筋は、脂肪はあまり分解せず、代謝もあまりせずにエネルギーを作り出す。食べ物のたとえが続くが、こちらはササミやヒラメの白身なんかを思い浮かべるといい。ミトコンドリアは少なく、あまり働かない。持久力は低いが、瞬間的なパワーがある。

これらの筋肉を作るのも遺伝子だ。Beggs氏らの研究(1992)などによって、ACTN(アクチニン)という第1染色体と第11染色体上にある遺伝子の2型と3型が、こうした人間の骨格筋、筋肉に関係してるんじゃないかというのは以前からわかっていた(*1。
その後、シドニー大学のYang氏らが、この遺伝子の違いによって運動能力に差がつくという研究を発表(2003年)してから俄然、注目されるようになった研究分野だ(*2。赤筋にせよ白筋にせよ、ヒトの筋肉には「α-アクチニン」というタンパク質が必要不可欠なんだが、このタンパクのうち「α-アクチニン2」を作るのが「ACTN2型」、「α-アクチニン3」を作るのが「ACTN3型」となる。

◆駅伝向きの遺伝子とは

「ACTN2型」の遺伝子は、赤筋と白筋の両方を作る。「ACTN3型」は白筋だけを作る。もちろん、赤筋のみの人もいないし白筋だけの人もいないんだが、白筋と赤筋の割合は人によってさまざまで、その割合は生涯あまり変化しないことがわかっている。

本来なら、二つとも正常に機能しているべき遺伝子だ。だが、これらの遺伝子が変異する(機能が低くなったり機能が失われてしまう)と、それぞれの筋肉を作りにくくなる。父親と母親から正常に機能する遺伝子を持っていた場合、優れたアスリートになる可能性が高い。両親とも筋肉を作りにくい遺伝子を持っていて、子がそれを受け継ぐと、筋肉の運動能力、身体能力が落ちるかもしれない。また、片親からだけ正常に機能する遺伝子を受け継いだ場合、ほどほどの身体能力になるだろう、というわけだ。

特に「ACTN3型」は変わりやすい。シドニー大学のYang氏らは、男女で発現のパターンが異なり、女性で変わりやすい、つまりこの遺伝子の変異が、男女の運動能力の差にも影響している、と考えている。
この変わりやすい「ACTN3型」は白筋のほう、瞬発力に優れたほうの筋肉を作るんだが、3型の変異がない人には優れた短距離走者が多かったそうだ。逆に言えば、長距離走者には、3型の変異が起きているほうが向いてるじゃないかということになる。実際、3型を失わせる実験をマウスにすると、白筋がなくなる代わりに赤筋やミトコンドリアが増える。
これもまたオーストラリアのMacArthur氏らの研究によると「ACTN3型」の変異を両親から受け継いだ人には、長距離系のスポーツ選手が多かったそうだ(*3。

では、こうした短距離走者と長距離走者の違いはいったいどうしてできたのだろうか。人間が生き残っていくために必要な多様性だったんだろうか。これについては興味深い研究がある。各国の研究者が自国のアスリートの遺伝的多型を調べたのだ。それによると「ACTN3型」の多型には、人種的なバラツキがあることがわかってきた。
父母両方から変異を受け継いだ人、つまり白筋が弱い人は、アフリカ系黒人では3%から10%以下なのに対し、白人では20%程度、アジア系では30%以上という差になる。さらに興味深いのは、裸足の王様アベベを生んだマラソン王国エチオピアの場合、逆に40%にもなるそうだ。アベベ以外にも、エチオピア出身の長距離走者は多い。最近、ケニアの長距離選手も活躍しているが、遺伝的に近いのかもしれない。これなどまさにマラソン遺伝子というわけだ。

◆アフリカで走り始めたご先祖さま

持久力に関係した遺伝子はほかにもある。「ACE(アンギオテンシン転換酵素)遺伝子」は名前からしてスゴい。エースで四番だ。アンギオテンシンというのは血圧を上げるための物質で、この遺伝子は動脈疾患や糖尿病に関係しているらしい。この遺伝子にも多型があって、両親とも正常な場合は持久力が高く、両親から多型を受け継いだ人は持久力が弱いという研究もある。ただ、この違いについては「ACTN3型」遺伝子ほど、はっきりとわかっていないようだ。

「ACTN3型」でもミトコンドリアが活躍していたが、岐阜県国際バイオ研究所の田中雅嗣氏らの研究によると、ミトコンドリアの遺伝子が持久力に関係しているらしい(*4。もともと高齢者に特有の病気、パーキンソン病やアルツハイマーなどとミトコンドリアの遺伝子の塩基多型の関係を調べるための研究だったんだが、さまざまな年齢のさまざまな体質の人を対象に調べた中に、マラソン選手や駅伝選手がいて、田中氏らは彼らのミトコンドリアを調べてみた。すると、長距離走者に特有の多型が見つかったというわけだ。平均的な日本人で同じミトコンドリア遺伝子の多型は6・2%だったが、長距離走者では約50%という割合になる。これもまたマラソン遺伝子の候補だろう。

長い距離を「走る」という能力が、森から出てサバンナで暮らし始めた人間の祖先にとって重要だったのは確かだ。ユタ大学のBrambleらの研究によれば、こうした能力を獲得したのは、アウストラロピテクスからホモ・ハビリスへ進化した約200万年の間だったらしい(*5。

アフリカで我々のご先祖さまが走り出してからヒトの歴史が始まったとすれば、長距離走者の遺伝子は我々の中に脈々と生きている。筆者など短距離走も長距離走も苦手なロクデナシなんだが、そう考えながら箱根の山道を走る大学生たちを眺めれば、何やら不思議な気持ちになってくるではないか。

(*1:Alan H. Beggs, Timothy J. Byers, Joan H. M. Knoll, FrederickM. Boyce, GailA. P. Bruns, and Louis M.Kunkel, “Cloning and Characterization of Two Human Skeletal Muscle α-Actinin Genes Located on Chromosomes1 and 11”, May 5, 1992 The Journal of Biological Chemistry, 267, 9281-9288.

(*2:Nan Yang, Daniel G. MacArthur, Jason P. Gulbin, Allan G. Hahn, Alan H. Beggs, Simon Easteal and Kathryn North, “ACTN3 Genotype Is Associated with Human Elite Athletic Performance”, the Americanm Journal of Human Genetics. 2003 September; 73(3): 627-631.

(*3:Daniel G MacArthur, Jane T Seto, Joanna M Raftery, Kate G Quinlan, Gavin A Huttley, Jeff W Hook, Frances A Lemckert, Anthony J Kee, Michael R Edwards, Yemima Berman, Edna C Hardeman, Peter W Gunning, Simon Easteal, Nan Yang & Kathryn N North, “Loss of ACTN3 gene function alters mouse muscle metabolism and shows evidence of positive selection in humans”, Nature Genetics 39, 1261 – 1265 (2007)

(*4:MASASHI TANAKA, TAKESHI TAKEYASU, NORIYUKI FUKU, GUO LI-JUN, MIYUKI KURATA, “Mitochondrial Genome Single Nucleotide Polymorphisms and Their Phenotypes in the Japanese”, Annals of the New York Academy of Sciences, Volume 1011, Mitochondrial Pathogenesis: From Genes and Apoptosis to Aging and Disease pages 7-20, April 2004

(*5:Dennis M. Bramble and Daniel E. Lieberman, “Endurance running and the evolution of Homo”, Nature 432, 345-352(18 November 2004)


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