21世紀のケインズ 第一章 第二節

2012年06月04日 19:09

なぜマネーが増えるか。

池尾理論は、中央銀行がベースマネーを増やすには、国債、あるいは何らかの金融資産を買い入れなくてはいけない。無償で配るわけではない。そうなると、広義のマネー総量は増えない。紙幣あるいはベースマネーは増えたかもしれないが、市中(民間経済あるいは金融市場)にある国債(あるいは金融資産)は減っているので、広義のマネーの内訳、ポートフォリオは変わっても、トータルのマネー総量は増えない、という考え方だ。

これはまっとうな金融の経済学者としては正しい。しかし、相場師から見ると正しくない。

twitterの指摘で、経済学者としてのケインズよりも相場師のケインズの方が好きだ、というコメントがあったが、いみじくも、この議論の本質、およびケインズの本質を突いている。

ケインズは彼自身が意識していた以上に経済学者よりも相場師であったのであり、それ以上に、現実の金融市場も経済社会も、経済学者ではなく相場師によって構成されているのである。

我々は皆、学者である前に相場師なのだ。

そして、それがケインズのいう本当の「アニマルスピリッツ」なのだ。


相場師とは誰か。投資家である。

中央銀行に国債を売ったのは誰か。彼らの一部である。国債を追加的に買う、ということは国債は値上がりする。

ここで早くも古典的な経済理論と離れる。なぜなら、正当派経済理論や伝統的ファイナンス理論では、需給で金融資産の価格は変化しないからである。

しかし、現実の金融市場は大きく異なる。買いが出れば、価格は上がる。理論的にも、行動ファイナンスは、需給で価格は動くと考えている。ここでは、行動ファイナンスの議論はしないが、私は、ケインズこそが行動ファイナンスの始祖だと思っている。

それはさておき、短期金利をゼロ近傍に固定し、短期から中期への金利もできる限りゼロに近づけ、タームストラクチャーもできる限りなだらかに、リスクプレミアムも小さくするために、長期国債の買い入れも行い、それにより、短期金利の低下の効果を確実にする、というのが日銀の方針だが、これはすなわち、中期の国債の値上がりを狙っていないという建前であっても、確実に値上がりする。長期金利も低下し、残存期間が10年に近い国債も値上がりする。

セントラルバンカーや経済学者にとっては、これは長期金利の低下として捉えられ、国債金利の低下に応じて、市中銀行(民間銀行)が、融資を増やすかどうかは、その銀行次第であって、中央銀行の国債買い入れの直接の効果としては現れないし、間接効果も、銀行の融資姿勢あるいは実体経済における投資機会によるから、マネーが増えることにはならない、ということになる。

マネーの総量が増えなければ、素朴な貨幣数量説を採ったとしても、ベースマネーの増加が、財一般の価格上昇すなわちインフレをもたらすことにはならない。だから量的緩和ではインフレは起きない、ということになる。これが経済学者の議論。

一方、セントラルバンカーの議論は、インフレを起こすかどうかはともかく、これらの金融政策により、タームストラクチャーのフラット化、リスクプレミアムの一層の低下により、企業や家計の借り入れコストを低下させ、活発な投資活動が行われるようになることを目指す。長期金利の低下が実体経済の活性化をもたらし、それにより、実体経済の成長が強いものとなり、結果として、賃金上昇などを経由してモノの値段が上がりはじめ、マイルドなインフレが実現する、という考え方である。ただし、これも、いくら低い金利で資金調達できるとしても、将来が不透明で損が出そうなプロジェクトには投資できないし、住宅ローンが組みやすくなっても、将来の雇用、所得が心配なら、そもそも住宅は買わない、という問題があり、それは実体経済の問題であり、金融政策の射程ではないという議論になる。

しかし、相場師はもっと単純に考える。

長期金利が低下し、国債価格が上昇した、ということは、自分の持っている資産、ポートフォリオの一部である国債の資産価値が増大し、時価資産総額が増加したということである。そして、投資家全体で考えると、誰かが中央銀行に国債を売ったのであるから、民間投資家が持つ国債の枚数(あるいは額面総額)は減少している。しかし、値上がりをしているから、時価総額は増えている(可能性が高い)。あるいは手に入れたマネーの額面を足せば、確実に総資産の時価総額は増えている。資産総額が増えたのなら、国債以外の資産、通称リスク資産への配分も増やそうということになる。そうすると、リスク資産の買いが増加するから、これも値上がりする。したがって、リスク資産全体の時価総額も増大する。

このとき、国債もリスク資産(株も社債もすべて含まれる)も、値上がりしたのなら、合理的な投資家なら、すべて売り払うはずではないか、というのが正当な経済理論に見えるが、そんなことにはならない。なぜなら、国債金利が低下しているということは、すべてのリスク資産に対する金利、教科書的に言うと割引率も低下しているので、新しい値上がりした価格は、低くなった金利、割引率に見合った妥当な価格になるのである。

こうなるとすべての運用資産が、リスク資産も安全資産も、同じように期待利回りが低下することになるから、どの資産も売らない。ポートフォリオの組み替えは起きない。ポートフォリオの時価総額は増えるのである。

そうなると、個別の企業においても、マクロ経済全体においても、時価で見た、負債比率、すなわち、負債と株式資本の比率は低下することになる。それはおかしいから、負債が増えてバランスすることになる。ミクロ的には、担保価値が上がるから、銀行融資をより多く獲得できることになり、それを金融資産にも実物資本にも投資することになる。したがって、広義のマネーは増えるのである。

さらに、金利全体が低下しているから、企業や家計という個別の経済主体、そしてマクロ経済全体でもリスク許容度が高まっていることになるから、さらに借り入れを拡大し、投資を増加させることになる。

ポイントは、資産価格は、売買されるフローで決まるため、ストック全体が売りに出ず、その時価総額が上昇し、経済主体は、その資産を保有し続けたまま、追加的に新しい投資を行うようになる、ということである。そして、それはレバレッジの上昇によって裏付けられるのである。そして、このレバレッジの上昇は、金利低下からの必然的現象であるばかりではなく、金利が変化しない場合であっても、リスク資産価格が需給により上昇し、時価総額が増加することにより、時価で見たレバレッジが上昇しない場合であっても、融資総額は増えることになるのである。

これにより、マネーは増大するのである。

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