「太陽光発電」の行方

松本 徹三

先週月曜日の記事の末尾に「太陽光発電が発展途上地域を包括したエネルギー問題を最終的に解決する」という趣旨のことを書いたが、「そんな話は絵空事としか思えない」というご批判も頂いた。こういった批判は「何でも技術革新が解決するというのは甘すぎる」という一般的な苦言にも通じていると理解している。


技術革新の話は、新聞や雑誌に載る時には華々しく紹介され、今にもそれで世の中が変わるかのように思わせられるのが常だ。しかし、「たまたま成功したケースであっても、実際に成果が出るのはずっと後の事」というのが日常茶飯事だから、この様な批判は当然とも言える。また、みんながお手本と考えていたドイツでは、期待されていたドイツ国内での技術革新が不発に終わり、国を挙げてのプロジェクト自体が「失敗」の刻印を押されたばかりだから、太陽光発電の将来性を現時点で語るのは甚だタイミングが悪いとも言える。しかし、語るべき事は語っておかなければならない。

尤も、技術的な問題に関連して、少しでも多くの理解者を得る為には、かなり具体的な詳細説明をさせて貰わざるを得ない。今回は、そういう考えからこの記事を書いているので、面倒な方はパスして頂ければと思う。しかし、「太陽光発電技術」の「本質」にご興味のある方は、是非ともご一読頂ければ嬉しい。

現在使われている太陽光発電の殆どが、「多結晶或いは単結晶のシリコン」を使ったもので、この原理は1954年に発明されている。「ホウ素を添加して作ったp型シリコン半導体とリンを添加して作ったn型シリコン半導体の接合部に一定の波長の太陽光が当たると両者の間に電位差が生じる」という物理現象を利用したもので、この原理自体はその後出てきた「薄膜方式」でも同じことだ。

しかし、異なるのは、「多結晶・単結晶方式」の場合はシリコン結晶の厚さが100ミクロン程度にも達するのに対し、「薄膜方式」の場合は4ミクロン以下に抑えられるという事だ。従って、材料費という観点からだけ言うなら、「薄膜方式」の方が相当安いものが出来て然るべきということになる。

次に「製造工程」はどうかと言えば、「多結晶、単結晶方式」では、先ず膨大な電力を使ってシリコン鉱石をガス化し、このガスからインゴットを作り、それをスライスしてウェファーを作り、それを加工してセルを作り、このセルを繋ぎ合わせてモジュールをつくるという長い工程が必要になる。これに対して、「薄膜方式」の場合は、「原料のシリコンガスを最終商品であるガラス基盤に直接吹きかけ、プラズマ照射で化合させて薄膜にする」という「はるかに短い工程」になる。電極をつなぐモジュール内の配線作業はエッチングでこなせるので、煩雑なハンダ作業等も一切不要となる。

更に、「薄膜方式」にはもう一つの利点がある。一般に「タンデム方式」と呼ばれている方式だが、これは単結晶や多結晶のシリコンより長い波長の光に反応するアモルファス状のシリコンと、逆により短い波長の光に反応する微結晶状のシリコンの薄膜を重ねるものだ。

アモルファスシリコンも、微結晶シリコンも、光から電子への変換効率は単結晶や多結晶の場合と比べやや低くはなるが、理論上は20%強、実際にも15%程度の変換効率は狙えるので、この二つを足し合わせると25%から30%の変換効率は十分狙える事になる。単結晶や多結晶のシステムでは理論上の最大変換効率25%強に対し、現状では10-15%の実績にとどまっているので、変換効率からみても、「薄膜方式」の方が相当に有利と言える。

にもかかわらず、現状で「薄膜方式」が成功していないのは何故かと言えば、光のエネルギーをフルに受け止めて高い変換効率を実現出来るような品質の高いシリコンの薄膜を作り出すのが極めて難しいからだ。

例えば、アモルファスや微結晶状でシリコン原子同士がしっかりと安定的に結合している為には水素原子の存在が不可欠だが、薄膜形成の工程の中で高温が与えられたり、強いイオンの衝突があったりすると、水素原子はすぐに離脱してしまう。そして、こういった理由でシリコン原子の配列が不均衡、不安定になってしまうと、変換効率は低く抑えられてしまう。高熱を与えず、激しいストレスも与えずに、静かに、しかも効率的に、広い基盤の上に安定した薄膜を生成していくのは、そんなに容易なことではない。

現実に、日本での「薄膜方式」のパイオニアであるシャープの堺工場では、昼夜を問わぬ努力にもかかわらず、変換比率が未だに10%程度にとどまってしまっているように見受けられるが、これは、恐らくは、こういった問題が未だに克服出来ずにいるからではないかと推測される。

さて、その様に考えると、「我々が今最も注力しなければならないのが何か」が自ずと見えてくる。「多結晶、単結晶システム」では、これから低価格化に大いに貢献しそうな開発課題は殆ど残っていないのに対し、「薄膜方式」では「画期的な変換効率の向上」につながりそうな開発課題が山のように残っているのだ。

「薄膜方式」の場合は、全コストの30-40%に達する可能性のある製造設備の償却コストも、新しい機器の開発と量産化により大幅に下げられる可能性がある。また、現時点では、薄膜形成の過程で多くの不要な化合物が生成されてしまっており、この除去と清掃に大きなコストと時間が費やされているが、これも根絶する事も十分可能だ。こうなると太陽光パネルの製造に必要な労賃はきわめて低く抑えられる。

多くの人達が「技術革新」とか「開発投資」という言葉を安易に口にするが、抽象論では何一つ始まらない。常に具体的な開発課題と開発線表が目に見えていなければならない。可能性を語るだけでは何にもならず、それを実証する具体的な実験の手順と、最終製品を作るための製造設備の開発が一体となって構想されていなければならない。そしてその根底には、「学問的に正しいものは、必ず実証が可能であり、こうして実証された技術は、必要な製造装置さえ開発出来れば、必ず最終製品を生み出す事が出来る」という強い信念がなければならない。

また、一口に「技術革新」といっても、その中身は千差万別だ。私は、現時点での最も大きな課題は、大きな可能性を広く認められながらも、入り口のところで足踏みしてしまっている「薄膜方式」の技術を徹底的に極める事だと確信しているが、そういう考えを持っている人は意外に少数だ。

耳に聞こえてくるのは、「集光」といった「周辺技術」や、「量子ドット方式」といった「未来技術」が多い。「未来技術」は可能性が論じられているだけで、実際の製造技術が何時どのように開発されうるかについては、まだ何も分からない。結局は遠い将来の事になってしまうのではないだろうか?

「薄膜方式」があまり多く語られていないのは、恐らくは、極めて現実的な課題が見えてきているにもかかわらず、それに対する「解」となる新技術のアイデアが見出せないからではないかと思うが、「薄膜方式は失敗した」とまで言い切る人がいるのは問題だ。こういう人達は、恐らくは、現在水面下で進んでいる「半導体製造技術の革新」を全く理解していない人達だろう。

「薄膜技術」は半導体技術の核心に位置するもので、システムLSIの可能性を追求する努力の中で発見、発明された多くの技術が関連してくる。太陽光発電の事だけを考えていると途方に暮れる事もあろうが、視野を大きく持てば、色々な希望が見えてくるだろう。但し、色々なアイデアを様々な角度から試して、最適のパラメーターの組み合わせを発見する為には、多くの時間と労力を惜しみなくつぎ込むことが必要であり、これが容易な仕事ではないのも事実だ。

しかし、その一方で、太陽光発電のみを考えるのなら、開発課題の焦点は明確に絞り込める。要するに、現在の製品に比して「画期的に低コスト」で、「変換比率の高い」太陽光パネルが、「何処でも簡単に量産出来る」ようにする事こそが開発の目標であり、それ以外にあれこれ考える必要はないということだ。

前回の記事でも書いたように、太陽光発電の現状での最大の問題点は、他の発電方式に比してコストが相当に高いということだ。経済的な余裕のある国で、補助金に支えられてやっと成り立つような状態では、大規模な量産体制を世界的に確立する事は不可能であり、従って真の地球温暖化対策にはなり得ない。今求められているのは、そういった現状を抜本的に変える技術であり、それがなければ、「太陽光発電」に将来はない。

太陽光発電のコストは、土地代と送電コストを除けば、太陽光パネル自体のコストとBoS(Balance of System)、即ち、パワーコントローラと呼ばれる機器や架台や工事費の合計を合算したものとなり、これまでの日本での例で見ると、平均すれば前者が約60%後者が約40%となっている。従って、「仮に太陽光パネルのコストが抜本的に下がったとしても、BoSのコストが下がらなければどうにもならないではないか」という人もいる。

しかし、太陽光パネルの変換効率が仮に2倍になれば、発電量に対するBoSのコストは単純に半分近くになるわけだし、BoSの内容を見るとかなり単純なものばかりだから、市場規模が飛躍的に拡大すれば、BoSのコストも急激に下がるであろう事も十分期待出来る。

また、太陽光発電の大きな弱点として多くの人達が指摘する「安価な蓄電池がなければ市場性が限られてしまう」という問題についても同様の事が言えよう。

太陽光パネルの変換効率の大幅な改善とコストダウンが「市場規模拡大への起爆剤」になれば、蓄電池の分野でも「量産化」と「開発意欲の拡大」が起り、相当な相乗効果が見込める筈だ。市場規模とコストは常に「鶏と卵」の関係にあるので、このジレンマを打ち破るには、何らかの起爆剤が必要だと考えている。

最後に、この分野に詳しい方の為に、具体的な数値目標を示しておきたい。

最終目標は、パネル一枚当りの発電量570W(モジュール変換効率29.3%)、パネル一枚当りのコスト30,000円、従って、1W当りのパネルコストは53円である。これが実現できれば、日照時間が短く、工事費などの全てが高くつく日本でも、KWh当りの発電コストで10円を切る事も夢ではない。(日照量が格段に多く、タダ同然の土地が使える米国でメガソーラーシステムを建設すれば、KWh当り4セントを切れるので、オイルシェールよりは遥かに安いエネルギー源となる。)

当面の現実的な目標としては、パネル一枚当りの発電量で420W(モジュール変換効率21.6%)、パネル一枚当りのコスト40,000円(従って、1W当りのパネルコストは95円)とし、2014年中には量産出荷が可能になるように頑張りたい。

現時点での研究開発は、世界的に有名な半導体技術の権威者である東北大学の大見忠弘名誉教授の指導のもとに、同大学の未来科学技術共同研究センターにおいて進められており、新設された「スーパー・シリコン・テクノロジー株式会社(略称SSTEC)」がこれを支援している。(SSTECの目標は、研究開発の最終段階を支援し、知財権を確保し、時が来れば既存のパネル製造会社と共に量産化の仕組みを作り、将来はこの技術を世界中にライセンスする事にある。)

新しい試験設備を投入しての開発の最終段階は、まだ端緒についたばかりだが、研究員が不足しているので、過去に半導体技術の開発に取り組んでこられた方で、志を同じくする方がおられれば、是非共参画して頂きたいと考えている。