『成人式の精神とヤンキーの魂』 いい加減な「荒れる若者」報道と「意識高い系説教」をそろそろやめろ

2013年01月13日 13:54

明日は成人式ではないか(地域によって時期は違うが)。筆者は毎年、成人式が苦手なのだ。いや、より詳しく言うと、「成人式報道」が嫌なのだ。

なぜ、毎年、荒れる若者にスポットを当てるのか。ここぞとばかりに意識高い系の説教を始めるのか。明日のメディアで起こるであろうことを今から予想しつつ、警鐘を鳴らしておこう。徒然なるままに書くことにする。


最初に言っておく。私は成人式に出たことがない。

市長にでもならないかぎり、一生出ることがないだろう。

出る意味をまったく感じなかったからだ。当時、私は立川市の南口にある錦町という繁華街に住んでいた。近所には場外馬券場とパチンコ屋とキャバクラ、風俗店がたくさんあった。私は日当たりがほぼゼロのアパートで生活していた。自分からこの街に移ったのにも関わらず、駅に近くはあったが、居心地がいいわけではなかった。ハマショーの「MONEY」の世界と自分を重ね合わせていた。

立川市に住む新成人の友人がほぼいない中、この街で成人式に参加し、市長の説教を聞くことに、当時の私は何の意味も見いだせなかった。成人式に出るということは、ロックではないと思ったのだ。だから、私は成人式というものが何なのか、自分の眼で見たことはない。

その前提で書くのだが・・・。

いつも成人式、いや「成人式の報道」を見聞きするたびに、気持ち悪いなと思う。まあ、毎年、AKB48の歌を熱唱する阿蘇市の市長は十分気持ちわるいのだが、それは彼なりのエールだとして置いておくとして・・・。私が不可解なのは次の点だ。

■若者はそんなに成人式で荒れるものなのか?
最近はさすがに少なくなってきたが、成人式での荒れる若者の様子が報道される。実際、逮捕者が出たりする。なんせ、1つの事件のインパクトが大きいので、成人式=荒れるものというイメージ形成がされていく。

ただ、全国にはたくさんの自治体があり、たくさんの成人式が開かれるわけで。そりゃ、騒ぐ若者の1人くらいいるだろう。メディアが一生懸命に、荒れる若者を探しているかのようにも思える。

犯罪を犯す人、人に迷惑をかける人に同情はしない。ただ、中学や高校を出て以来、この手のお祝い会合に参加したことがない者、将来会社の内定式に出ることができない者、結婚できない者もいるわけで、人生で数少ないお祝いの場ではしゃぎたくなる者もいるだろう。

ここで荒れる若者というのも「今日がやんちゃできる最後の日だから」と思っているのだそうだ。久々に同級生と再会し、昔の恋愛が再燃したなど、甘酸っぱい話もあるわけである。

報道することを目的化した「荒れる若者狩り」はどうかと思うのだ。

なお、企業社会に15年いたものとして、やり玉にあがる成人式での若者の暴れっぷりよりも、会社の忘年会・新年会、社員の披露宴の方がよっぽどタチが悪いということも触れておこう。私もトップ営業マンならぬ、トップレス営業マンとして過激な芸をやらされたものだ。同僚の披露宴に出席しても、金屏風に倒れる新郎、泥酔した新郎にかわり一人でケーキカットする新婦、KOされた格闘家のように両肩をかつがれて退場する新郎などをよく見かけたものである。

これが私が見てきた世界だ。

大人たちの方がよっぽど荒れているではないか(これも、ミクロな世界での観察にすぎないのだけど)。

荒れる若者狙い打ち報道は、いい加減にしてほしい。

■いい加減な「今年の新成人」データ
メディアでこの時期、流行るのが「データでみる、今年の新成人」データである。新成人となる層は少しずつ変化しているので、丁寧にみる必要があるのだが・・・。

いかにも、「ネットでサクッと取りました」というサンプル数が激しく少ないデータが「今年の若者」を物語るデータとして語られる。散々言われていることなので、ここでは軽く触れるにとどめるが、こんなに簡単に新成人を語らないでほしい。若者は多極化、多層化している。丁寧に見ることが必要なのだ。自戒をこめて。

■意識高い系の説教をしだす奴
おそらく明日は、新聞の社説やコラム、経営者や著者などオピニオンリーダー系、一般庶民でも意識高い系が「新成人の皆さんへ」的な激励のような、説教のようなエントリーを連発するだろう。

語りぐさになったのは、昨年の朝日新聞2012年1月9日(月)付の社説「成人の日に――尾崎豊を知っているか」だ。私もアゴラでツッコミを入れた。

「成人式はバカと暇人のもの」 若者に「尾崎豊」を強要するのはやめなさい

明日もいくつかの社説やエントリーが話題となるだろう。

まあ、新聞の社説やコラムはもちろん、経営者、著者は不特定多数に語りかけるのも仕事の一つだし、庶民が情報発信する自由は否定しないのが、特にサラリーマンの意識高い系に言いたい。成人式の不特定多数の若者に意識高い系の説教をする暇があったら、職場の後輩に一言で多く声をかけなさい、と。Facebookで意識高い系エントリーを「いい話を発見しました。シェアさせて頂きますね」なんて言っている中年も同じだ。それもいいのだけど、そんなことを考える暇があったら目の前の人に直接説教した方がましだ。

こういうウェットな育てる連鎖が、日本社会から失われているわけだし、それを取り戻せと叫ぶのも牧歌的なのだけど。

どうせ明日はメディアも意識高い系もこういう動きになるだろうから、先に釘をさしておく。

ふと考えた。

成人式というのは、ヤンキー魂の連鎖である。

荒れる若者もヤンキー魂なら、「グローバルに羽ばたけ!」なんて説教する意識高い系の大人もヤンキー魂で動いている(なお、意識高い系とヤンキーの魂については先月出した『「意識高い系」という病』で触れているのでご覧頂きたい)。

まあ、彼ら彼女たちも言われなくても今を生きなければならないのだから、普通にお祝いしようよ、そっとしておいてあげようよ、というのが私からの願いだ。

メディアの皆さんも、意識高い系の皆さんも、夜露死苦。
と、最後はヤンキー風に締めてみた。

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常見 陽平
千葉商科大学国際教養学部専任講師

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