グーグルの独禁法違反疑惑――第一ラウンドでは決着がつかず(その1)

玉井 克哉

今月3日、米国連邦取引委員会(FTC)は、グーグルの独禁法違反事件についての決定を公表しました。日本がまだ正月気分に浸っている時期であり、報道面での扱いは大きくなかったようですが、海外ではかなり大きな反響を呼んでいます。

約2年前にFTCによる調査開始がアナウンスされて以来、その結果がどうなるか、さまざまな臆測がなされてきました。結論的にいえば、今回の決定は、一方で、グーグルに対する厳しい措置を期待していた人々を失望させるものでしたが、他方で、検索市場での支配的地位の濫用を認定した点で、大きな意義があったと言えます。ここでは、簡単にFTCの執った措置の概要を見た上で、その意義と今後の展開に関する予想をまとめてみたいと思います。


FTC決定の内容(1: 標準化技術についての特許権の行使制限)

決定の第1点は、標準化技術に必要な特許権に基づいて差止請求をしてはならない、ということです。これは、特許権に関する最重要問題の一つです。

技術のもたらす利便性を高めるために、標準化は常に重要です。海外旅行で電源ソケットの形が違っていたために不便をした経験をお持ちの方は、多いでしょう。これは簡単な例ですが、国際的な標準化を行うことは、技術を普及させるための決め手です。コンピュータや通信の世界で標準化が特に重要なことは、いうまでもありません。USB、WiFi、Bluetoothといった具合に、標準化されていなければ機器相互が接続できません。携帯電話でどこでも通話ができるのは、端末機器が一定の規格に適っているからこそです。機器相互の相互運用性(interoperability)が成り立っていることこそ、ICT分野で事業を展開するための基礎だと言えます。

他方で、標準化に用いられる技術には、多くの場合、特許権が成立しています。一般に、特許権があるという意味は、対象となった発明を権利者の許諾を得ずに使用した場合に、差止めと損害賠償という、二種類の請求権が成立するということです。だが、標準化した技術というのは、誰もが使っている技術であり、そもそも市場で競争をするための基盤です。もし標準化が成立した後でも特許権を意のままに行使できるとしたら、標準化技術を実現するために必須不可欠な発明に関する特許権(必須特許; essential patents)を有する権利者は、他の事業者に対して生殺与奪の権力を握ることになってしまうでしょう。

そういうことが起こらないよう、標準化に当たっては、自己の特許権について「公正かつ合理的で非差別的な(fair, reasonable and non-discriminatory )」条件で許諾を与えるということを、必須特許についてのすべての権利者が約束するのが通常です。これをFRAND条件と呼んでいます。もし権利者がそうした約束をしなければ、あとあと困ることになるのを避けるために、標準化団体は、そうした特許を避けて(別の代替技術を用いて)標準化するよう図ります。多くの場合、標準化技術は、必須特許のすべての権利者がFRAND条件に合意した技術のみで構成されています。

問題が起こるのは、標準化の過程でFRAND条件に合意していたにもかかわらず、前言を撤回して特許権者が特許権を行使するという事態です。特に差止請求がなされると、標準化技術を用いて市場に出した製品の流通を止められることになりかねず、事業者にとって耐え難い苦痛となります。またそれを避けるため高額のライセンス料を支払うことになるとコスト・アップ要因となり、結局は、最終消費者の不利益となるでしょう。最近の特許訴訟にはこのタイプのものが多く、しばしば問題になっています。

今回の決定が問題にしたのは、もともとモトローラ・モビリティ社の有していた、出願中のものを含め24,000件に及ぶ特許権についての権利行使です。ご記憶の方も多いと思いますが、グーグルは、2011年にモトローラ・モビリティを買収すると発表し、各国独禁当局の承認を得て、総額125億ドルにのぼる企業買収を、2012年5月に完了しました。またその際、グーグル自身のウェブ・サイトで、「なぜモトローラ・モビリティを買収するのか」との疑問に対しては、「アンドロイドのエコ・システムを防衛するため」と答えるとしていました。「アンドロイド」はグーグルが推進するスマートフォンの基本ソフト(OS)であり、グーグルがパーソナル・データを収集し活用するために、最も重要なツールでもあります。しかしスマートフォン市場で先行していたアップル社は、2011年から2012年にかけて、HTCやサムスンといったアンドロイド端末を製造する代表的なメーカを次々と訴えていました。その状況下でハードウェア・メーカーのモトローラ・モビリティをグーグルが買収し、「エコシステムを防衛する」と宣言したのは、他陣営に対抗して訴訟を仕掛けるための武器を仕込むためだと理解されました。実際、2012年8月には、米国国際貿易委員会(ITC)に対し、アップル製品の輸入や流通の差止めを求めて提訴していました。

FTCは、グーグルによるそうした権利行使が、FRAND条件に従うとの意思表明(Commiments)に反するものであるばかりか、米国独禁法Anti-trust law にも反するものであるとして、標準化技術に必須な特許権に基づく差止請求を米国内で行うことを禁ずる旨の、同意審決(Consent Order)を行いました

FTC決定の内容(その2: 検索連動広告における競争制限の排除など)

 現在のグーグルの主要な収入源は検索連動広告ですが、その中の「AdWords」と呼ばれるサービスについて競争者を排除していることを、FTCは問題としました。グーグルに限らず、検索連動広告のプラットフォームでは、API(application programming interfaces)と呼ばれるプログラムを用いて広告キャンペーンを容易にするよう、顧客を誘導します。しかしグーグルは、自社のAPIを利用する顧客が他社の広告プラットフォームを利用しないよう契約で制限しており、それが問題だとされました。また、FTCは、ショッピング・サイトなどでグーグルが同業他社のサイトに寄せられた投稿(ユーザ・レビュー)を利用するのを禁ずる、としました。この最後の点の意義は、後述します。

FTC決定の内容(その3: 「サーチ・バイアス」への措置を執らなかったこと)

以上が、今回の決定が「したこと」の内容です。だが、今回の決定の主要な内容は、それが「しなかったこと」にあります。FTCは、最も大きな争点だった「サーチ・バイアス」について排除措置を執らなかったのです。

グーグルは、一般的な検索サービスを無料で提供する一方、旅行やショッピングのサイトなど、特定分野の検索サービスも手がけています。また、Gmailなど、検索以外のサービスも提供しています。そして、検索以外の分野でグーグルと競争する他の事業者は、グーグルが、自社サービスに誘導するように検索結果を加工しているのではないか、との嫌疑を明らかにしてきました。検索アルゴリズムは中立であり、それが示す結果に何らの操作も加えていないとグーグルはいうのですが、そうではなく、何らかの加工がアルゴリズムになされている、あるいは検索結果に何らかの操作が行われている、というわけです。

また、ウェブ・ブラウザの検索窓でグーグルを使い(グーグルは”Universal Search”と呼んでいます)、旅行やショッピングなどを検索すると、グーグル自身のサービスを推すようになっていることも、問題とされました。同業他社を、不当に排除しているというわけです。もっとも、「メール」と検索語を打ち込んだときに「Gmail」がトップに来て「Yahoo!メール」がその次に来たり、「地図」と打ち込んで「Google マップ」がトップで「Mapion」がその次になったとしても、必ずしもおかしいとはいえないかもしれません。Gmail もGoogle Maps も、広く普及したサービスだからです。しかし、グーグルが新規に始めた旅行サービスの方がJTBや楽天トラベルより優先して表示されるとするなら、それはおかしい、と誰もが思うでしょう。日米間で事情は違いますが、Expedia やKayak といった事業者は、そうしたことが起こっていると主張していました。

しかし、結論は、「今回は何もしない」というものでした。「FTCの結論はこうである。”Universal Search”サービスの導入にしても、検索アルゴリズムの付加的な加工にしても、自社の製品を改良しユーザ・エクスペリエンスを改善するための進展として正当化できるのだと〔グーグルが〕陳弁できるようなものである(plausibly justfied)。そしてその結論は、たとえそれによって個々の競争事業者が損失を蒙ったとしても、左右されない」。それゆえ、調査を終結し、手続きを終了することとした、というのです。

FTCのウェブ・サイトに載せられたこの説明は、かなり微妙な言い回しになっています。実際、公式のステートメントを見ても、グーグルがアルゴリズムの加工や操作をしなかったと認定したのではなく、加工や操作を行いはしたが、改良や改善(improvement)として正当化できる範囲のものであった、としています。グーグルが自社サービスを改変したこと、かつそれが同業他社に不利益であったことは、FTCも認定しているわけです。また、今日のブラウザには検索窓がついているのが普通で、そこでグーグルが使われているのも一般的です。米国では日本と状況が違いますが、FTCの認定では、検索窓で旅行やショッピングに関する検索を行うと必ずグーグルのサービスがトップに出てくるようになっており、それ以外にトップ・ページに表示されるのは一つか二つのサイトで、競合他社のサイトは多くの場合2ページ目以下に落とされていた、とされています。これでは、とうてい”Universal Search”サービスが中立的だとは言えないでしょう。にもかかわらず「シロ」と認定したことについて、FTCのステートメントは、プロダクト・デザインについては事業者に裁量があり、後知恵であれこれ批判すること(second-guess)は適切でない、と一般論を述べます。そして、本件については、「明らかに反競争的(demonstrably anticompetitive)」だと証拠上認定することができなかった、としているのです。これは、今回の結論が、かなりきわどいものだったことを示しています。