バブル後始末の最後はリストラ

2013年02月09日 10:30

先程、追い出し部屋は永遠に不滅です — 城 繁幸を拝読。


タイトルは過激であるが中身は至って冷静な分析と常識的な提案と理解した。

そして、この記事は埋もれていた私の記憶を呼び戻した。

最初はバブル全盛期に赴任した中東・イエメン駐在時のエピソードである。

駐在時、運にも恵まれ「円借款」、「無償援助」、「債務救済援助」案件や「制度金融」案件を独占する事が出来た。そして、そういった背景もあり私を訪ねて来られる方も多かった。

ある日本社から紹介され、当時日の出の勢いであった情報通信機器メーカーF通の部長と課長に訪問戴いた。確か「経済協力案件」を担当する部門幹部であったと記憶している。

関連する、情報通信省、外務省といった役所の訪問を無事こなし、夜の会食時にF通部長は酒の勢いもあり、こう高らかに宣言された。

山口さん、F通は昨年2,000人の新卒を採用しました。今年は更にそれ以上採用します。私達は毎年、一部上場企業を一社誕生させているのです!

成程!あの時(20年以上前)の、あの怒涛の採用ラッシュで採用された大量の社員が今も淘汰されず残っている!会社も傾くはず!と改めて感じた。

ぼんやりとではあるが、家電産業が生き残るにはためにはホワイトカラーのリストラからは逃げられないと考えていた訳であるが、この記事で改めて確信した次第である。

今一つは、1990年に中東駐在の任期を終え、大阪に帰任し機械本部に所属する課長代理として、当時台頭目覚ましいアジアを担当した時のエピソードである。

決して偏見ではなく、色眼鏡で見ている訳でもなく、バブル期採用の社員の質は呆れる程酷かったと記憶している。楽して就職しているから、万事についてお気楽でやるべき努力をしない。まるでクラゲの様にフニャフニャして要領を得ない。

当時商社の機械輸出部門に配属された新入社員は先ずスペアパーツの仕事をさせられる事が多かった。簡単で新入社員でも出来るというのが理由であろう。

しかも、「引き合い入手」に始まり、対メーカー「見積もり依頼」、「見積もり入手」、対客先「見積り作成、提出」、「交渉」、「成約」、対メーカ「発注」、「納期管理」、「船積み」、「代金回収」、「クレーム処理」といった取引の基本的な流れを一通りは体験出来た。

通常は、半年を過ぎた辺りから本体機器の取り扱いに軸足を移し、一年後にはスペアパーツ関連業務は新たに配属される新入社員に引き継ぐ。初めての海外出張を経験するのもこの頃であった。

しかしながら、バブル期採用社員は、引き合いがあったパーツがどの様な本体機器用のものであり?、如何なる機能を有するのか? といった、営業マンが当然興味を持ち勉強せねばならぬ内容に対し、一向に関心を持たない。従って、何も学ばず、結果成長しない。

そういう体たらくだから、後輩が配属されても相変わらずスペアパーツを担当させられ、時期が来たら郵便物の配送担当の様な仕事に配置転換されてしまうケースが多かったと記憶している。

更にショッキングだったのは、同行した取引先の社長に怒鳴られ心を病んでしまった商社マンのケースである。この話は、当時、中国出張時に知り合い、何故か馬が合い、私が中国ビジネスの手ほどきを受けていた同業他社先輩から聞いた話である。

当時、中国市場への取り組みはブームを通り越して「バブル」であったと思う。

従って、商社取引企業の多くの経営者や幹部社員が中国に視察に行く事になる。当然、中国駐在員の付き添いであったり、更には中国語が堪能な社員の日本からの同行を求められる事も多かった。

会社は急ごしらえで「中国貿易室」の如き組織を作り、商社マン、ビジネスマンとしての資質には首を傾げざるを得ない様な人間であっても、外大の中国語課を卒業しておればほぼ無条件で採用し、この組織に配属した。

取引先の中小企業社長と経営者達一行に付き添い訪中し、一週間各地を回り最後となる北京の打ち上げ晩餐会の場で通訳としての無能さと態度の悪さを罵倒され、怒鳴り付けられたとの話であった。

この社員は、国内で先輩が一度だけ使った事があると聞いている(懲りて二度と使わなかった)。

中国国営企業との契約の特徴は、「研修」の名目で先方社員の訪日を受け入れ費用を負担する事である。受け入れ人数は契約金額によって決まる。

先輩が現地に出張し取って来た契約だといっても、一週間以上にも及ぶ「研修」にフルに付き合う訳にはいかない。従って、社内の「中国貿易室」に人(通訳)の派遣を依頼し、この社員が随行を担当したという経緯である。

研修生の訪日時は当然先輩主催で宴会を開催する事になる。勿論、大事なお客様であるから楽しみ、満足して戴かねばならない。

今回の訪日を心から歓迎するという、先輩の簡単なスピーチを先ずこの社員に通訳させた。ここまでは順調である。しかしながら、お客様にお好みの料理を聞くように命じた所、何と返ってきた言葉は「私はフカヒレの姿煮!」。

場の雰囲気を損なわぬ様、再度お客様の要望を先ず聞く様に命じたが、相変わらず「私はフカヒレの姿煮!」。

結局、先輩が折れてフカヒレの姿煮を全員分注文して何とかその場を乗り切ったとの経緯らしい。

これは、私の勤め先でも同じであるが、「中国ブーム」、「中国語ブーム」に浮かれ、採用時からずっと周りからちやほやされ続け、私の様な叩き上げの営業マンから観たら正にやりたい放題だったと思う。

その結果、商社マン、ビジネスマンとして当然積むべき研鑽を疎かにして来たのではないだろうか?

この社員は、その後、一度休職扱いで自宅療養していると聞いのみで以降の消息はは判らない。

商社の職場、特に顧客に直に接する営業部門はある意味「追い出し部屋」の様な所がある。能力が一定レベルに達していなかったり、努力しない人間は振い落とされてしまうからである。

あるべき淘汰といっても良いかも知れない。

しかしながら、今回の城 繁幸氏の記事が指摘する様に製造業においては「バブル世代」は社内に滞留しており、リストラはこれからが「本番」という事の様である。

同様、中国に進出した日本の製造業は今後、中国からベトナムやミャンマーへの移転を加速するはずである。中国バブルは終焉し、中国担当者のリストラも加速すると予測する。

バブルの後始末は不良債権の処理で始まり、リストラで終結するという事なのだろう。

山口 巌 ファーイーストコンサルティングファーム代表取締役

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