『狭小邸宅』が描く社畜と企業戦士、ブラックとホワイト、冷静と情熱、希望と絶望

2013年03月01日 08:51

狭小邸宅
狭小邸宅 [単行本]

いやはや、小生、絶句である。すばる文学賞受賞作品である『狭小邸宅』(新庄耕)を読んだ。ゴリゴリの住宅営業を描いた物語だ。これは社畜なのか企業戦士なのか、ブラック企業なのかホワイト企業なのか、冷静と情熱・・・。そんなことを考えてしまった。そこで描かれているのは、希望なのか絶望なのか。


文学賞における、雇用・労働旋風が止まらない。23歳の朝井リョウが。就活を描いた小説『何者』(新潮社)が戦後最年少で直木賞を受賞したのが話題になったが、その少し前に集英社のすばる文学賞を、社畜と企業戦士の間、ブラック企業のような、体育会系バリバリ営業会社のような、そんな企業社会を描いた『狭小邸宅』(集英社)が受賞し、先日、単行本が発売された。

「一に雇用、二に雇用」なんてことを言う割にあまり仕事をしなかった学級委員みたいな日本国首相がいたが、彼のことはともかく、相変わらず雇用不安が止まらない。文学賞にこれらの作品が入ったことや、伝統ある文藝春秋社から『ブラック企業』(今野晴貴 文春新書)という新書が出て、ベストセラーになっていることなど、この一連の流れが労働社会の劣化を物語っていると感じる。

『狭小邸宅』のあらすじは、なんとなく戸建不動産会社に就職した主人公が、「売上」という名の結果以外、評価されない過酷な職場で戸惑いつつ、上司にも蹂躙されつつ、辞職を迫られれるが、ある日、様々な運も幸いして一つの物件が売れ、周囲からも徐々に認められていくという物語だ。

「実力主義の環境で働きたいっす!」という意識の高い言葉を連呼し、リクルートという実力主義という名のもとゴリゴリに営業する会社に新卒で就職してしまい、悩み苦しみつつ、売上に喜びを見出していった20代前半の自分と見事に重なり、複雑な心境になった次第である。

そう、若くて意識の高い時期は年功序列などではなく、実力主義の環境で働きたいと思わず口にするわけだが、企業社会における「実力」とは別に賢いかどうかではなく、「営業成績」という名の「数字」を残せるかどうかなのだ。この冷徹な数字が人を熱くするわけだが・・・。その過程で、狂信的な営業集団が作られていく。

一方、営業というのはなかなか深いもので、気合と根性だけでは売れない。ましてや、お客さんもバカではないので、騙すことなどできない。深くニーズを聞き、課題を解決できなければならない。ただ、果たしてこの住宅を売りつけることは、顧客にとって、メリットのあることなのか・・・。

私はこれまで、小説や漫画で描かれるサラリーマン、特に営業マンが好きではなかった。現実の営業の世界をあまりにディフォルメしていて、とても偉そうな人か、自虐的な人を描いている。島耕作のように「出世・成功・情愛」という「サラリーマンの夢のトリコロール」を実現している人などなかなかいない。

グローバルに活躍しろ、世界の優秀な若者に負けるななどと意識の高いことを連呼したところで、日本人の大卒男性の多くは中堅以下の大学を出て、国内で、営業マンになる。世の中はウルトラマンではなく、営業マンで動いている。その営業マンが丁寧に描かれている作品がなかなかないことが不満だった。それこそ、『13歳のハローワーク』(村上龍 幻冬舎)シリーズがミリオンセラーになったが、この本ですらも日本人の多くがしている営業という仕事を丁寧に描いていない。

営業経験者として、またサラリーマンを15年やった立場として、この本は営業の世界をかなり正確に、丁寧に描いていると言えるだろう。嫌悪感、違和感を抱きつつも、結局、企業社会とはよくも悪くもこんなものだと思ったりする。この微妙な感情こそが、我々が企業社会に対して抱いている感情そのものではないだろうか。

冷徹な数字、やらなければならないことに熱くなるのが仕事である。

自由な働き方をつくる 「食えるノマド」の仕事術
自由な働き方をつくる 「食えるノマド」の仕事術 [単行本(ソフトカバー)]

そして、これは、サラリーマンをやめても一緒だ。

私も先日、自由な働き方に関する本『自由な働き方をつくる 「食えるノマド」の仕事術』を発表したが、会社をやめても尾崎豊が「15の夜」で歌ったように「自由になれた気がした」だけであって、自由になれるわけではない。日々、数字との闘いである。物書きをしているとそうで、部数、PV数などに追いかけられる。そういえば、昨年の今頃、アゴラで書くようになって頃に私は「アゴラ王に、俺はなる」と吠えていた。1年たった今、私はまったくなれていない。『機動戦士ガンダム』で言えば、池田信夫先生がガンダムだとしたら、私はジム、いやボールくらいである。締め切りというのもある種の「数字」である。信頼の残高がなくなるくらいに、編集者に待って頂き、泣けてくる。

私たちは皆、今日も、冷たい数字、仕事に熱くなっている。

そんな企業社会の、いや日本社会の現実を捉えた傑作である。現代の『蟹工船』であり『自動車絶望工場』である。ただ、絶望と言いつつ、希望も感じてしまうのは、私が仕事中毒だろうか。

そして、この作品をぜひ紹介したいと思っていたら、安藤美冬氏が『すばる』でとっくにレビューを書いているではないか。小生、一生の不覚である。いやはや、サラリーマン評論家として恥ずかしい。これもまた、スピードという名の数字に負けてしまった。小生、完敗。敗北宣言である。すっかり風化された峯岸みなみ風に丸坊主にしようと思ったほどだ。読者は、負けた私を、笑うがよい。さあ、笑え、笑え。


そんな意気消沈していたころに、池田信夫先生とのニコ生が決まったのは、偶然のような必然である。しかもテーマは「働き方」だ。ともに企業をやめて、大学院に行き直す、独立して何かやるという人生を送っている。一刻も早く、池田信夫先生と会って語り合いたい。それが、今日の私の希望である。本日、3月1日(金)の21時からアゴラチャンネルだ。ぜひご覧頂きたい。

生きているのが申し訳ないような気分になってしまったが、今日も仕事が待っている。そして、明日という日は真っ白い手を広げて私たちを待っている。

今日も死ぬ気で働こう。

そして、明日からまた生きるぞ。

この絶望の中に、私の希望はあるのだ。

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常見 陽平
千葉商科大学国際教養学部専任講師

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