【書評】人生は、営業だ。 --- 岩瀬 大輔

2013年09月17日 10:53


なぜハーバード・ビジネス・スクールでは営業を教えないのか?

人生は、営業だ。

セールスマンでない人だって、毎日のように、自分自身に、自分の家族に、友達に、社員に、何かを売り込んでいる。毎朝子供に学校で先生の言うことを聞きなさいと売り込む。自分に本を書けと売り込む。学校や会社に入れてくれと売り込む。恋人になってほしいと売り込む。ウェイターは本日のスペシャルを売り込み、医者は薬を売り込む。人間ならば、誰しも何かを売っている─それがセールスだ。

著者がいうとおり、人生は広義の「セールス」そのものだ。人に何かを伝えて、自分の思う通りに動いてもらうという行為を営業と定義するならば。営業という職種に従事する一部の人間のためだけのものではない。営業が上手な人は自分の思うように人を動かせるし、逆もまたしかり。


僕自身、個人向けの営業をやったことはないが、自分自身を売り込み、新会社のビジョンを売り込むことで、多額の資金を集め、仲間を集め、お客様を集めてきた。その一連の行為も営業そのものであろう。

そして、営業が生きること同義であるならば、セールスに関する本も、営業という技術的な事柄だけではなく、人間が何かという深い洞察に基づき、いかに生きるかという本源的な問いに答えるものになるかもしれない。

営業に関するハウツー本は巷にあふれている。それらはたとえば鞄をハンカチの上に置くことを推奨してみたり、訪問した相手がドアを閉めても頭を下げ続けたりと、技術的に役に立つヒントはあるかもしれない。しかし、汎用性が高い営業の本を求めるならば、ビジネスの方法論を深く理解しつつ、どこかで世の中を斜めに見ているジャーナリストに、世界中のトップ営業マンを取材してもらい、冷めた目で取材をしてもらうのがよいのではないか。

本書は、それを実現した本である。ハーバードMBAで教育を受けた英国人ジャーナリストが、モロッコの絨毯商人から、日本のトップ生保営業職員、イギリスのテレビ通販セールス、米国の美術商までを取材し、彼らの生い立ちから成功の秘訣を綴った。ビジネスに関する学びは人それぞれなので、事例が豊富である方がいい。本書はそういう観点では、豊富なセールス事例集である。読者は自分の感性に合った事例から学べばいい。

本書を読むと、世界のトップセールスマンたちが、実践している営業の基本がわかる。いや、国内でも業績をあげている方は実践しているのだろうが。

1. まずは、徹底した相手の観察力

セールスマンは客を見ている。相手を品定めしているんだ。お客のほうはセールスマンを見もしないでゴミみたいに扱う。だけど、黙って目と耳を働かせているだけで、お客のことがよくわかるようになる。俺は客を一人でぶらぶらさせておくんだ。照明をつけて、お客が何を見ているかは気にかけるが、邪魔はしない。いきなり身振り手振りで客に話しかけるようなヤツは、あと二十年くらい修業したほうがいいかな。【モロッコの絨毯商人】(p.37)

2. 次に、セールス文句を上手に伝える表現力

最高のセールスマンは、さまざまなクライアントを相手に合わせた方法で魅了する。観客を前にした俳優のように、セールストークのなかにドラマチックな筋書きを織り込んで相手の気持ちを揺さぶるのだ。(p.87)

セールスにおけるストーリーの役割は二つある。一つは売り込みの道具としての役割。もう一つはセールスマンが自分を納得させる道具としての役割。さらに、よいストーリーには、三段階の効果がある。それは、セールスのプロセスそのものと言ってもいい。まず、奇妙な言動で聞き手の関心を惹きつける段階。あたりまえだと思っていたことがそうでなくなり、目の前に問題が現れる。聞き手は危機意識を抱き、どうしても答えがほしくなる。次は、問題を解決しようともがいたり、敵─人間的、感情的、現実的な障害─に勝つために努力する段階。そして最後は、解決法を提案し、聴衆を行動に駆り立てる段階。アリストテレスが『詩学』に描いた悲劇の三段階とまさに同じことだ。(p.70)

・・・営業とは、ものを売ることではなく、自分を売り込むだと考えている。お客様は商品を買うのではなく、信頼できるあなたが売っているもの、つまりあなた自身を買うのだ。(p.119)

3. そして最後に、それを支える前向きな姿勢。本書の副題は「拒絶から始まる世界一やりがいのある仕事」だ。

・・・マクマリーは優秀なセールスマンの特徴を五つ挙げている。有り余る元気と気楽さ。断られてもめげない自信。金への執着。自制心と勤勉さ。そして拒絶や障害を挑戦として受け入れる姿勢。

メモは正式にセールスを学んだことはないが、売り込みに何が必要かをいつも真剣に考えている。準備と健康、周りを明るくする陽気 さ、そして研ぎ澄まされた感覚。早朝のジョギングとニンジンジュースで心と身体を新鮮に保つことと、毎日かならず持ち上がる批判や混乱に打たれ強くあるこ と。規律を守り、真剣に取り組むこと。人間的魅力、頭の回転の速さ、必要なときには自分にプレッシャーをかけながらも、全体像を見失わない能力。適度な懐疑心。【メキシコ出身の住宅工事会社社長】(p.218)

ベニオフ(セールスフォース・ドットコム創業者)は、そこで「ラリー・エリソン の法則」を学んだ。つねに理念を持ち続けること。情熱的であること。自信がなくてもあるように振る舞うこと。自分にいいようにものごとを捉えること。他人 の意見に左右されないこと。未来のことでも、いま目の前にあるものとして見ること。そして、自分の力を信じること。(p.314)

最後に本書は、「なぜハーバード・ビジネス・スクールでは、ビジネスでもっとも大切な『営業』という課目が教えられていないか、理由を説明している。それは、営業という裸の実力が問われる営みは、ビジネスエリートにとっては秩序を覆しうるものだからだ。

セールスマンへの偏見は下剋上的なものへの抵抗から来るものだ。イギリス貴族は何世代にもわたって「商売人」を見下してきた。それは新興の成金が自分たちの驕奢な屋敷や社会的地位を奪うようになることを恐れたからだ。同じように、セールスマンは産業界の「商売人」であり、蔑まれ、脅威だと思われている。経営者はセールスマンに頼りながらも、その力を恐れている。(p.199)

元AOL副会長のテッド・レオンシスは、僕がこの本で一つだけやるべきことがあるとしたら、それは営業という仕事にいくばくかの輝きを取り戻すことだと言った。営業を蔑むような人間は、誰もビジネスを行うべきではないと言った彼の言葉は正しい。(p.354)

その通りだ。営業は実力本位の下剋上社会であり、あらゆるビジネスの根幹に位置づけられるものである。しかしそれは科学(サイエンス)するのが容易でなく、芸術(アート)の世界に属すると考えられてきた。だからこそ本書は、狭義の営業職に従事する人間だけでなく、すべてのビジネスパーソンに手に取って欲しい。著者は私の留学時代の同級生。本書をプレジデント社に紹介したのは私で、解説も担当していることは付記しておく。


編集部より:このブログは岩瀬大輔氏の「生命保険 立ち上げ日誌」2013年9月17日の記事を転載させていただきました。
オリジナル原稿を読みたい方は岩瀬氏の公式ブログをご覧ください。

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