国際原子力機関(IAEA)の天野之弥事務局長は9日、ロシア政府からシリアにある小型研究炉(MNSR)が攻撃を受けた場合のリスク評価を要請する書簡を受け取ったと明らかにした。ロシア側は「シリアの首都ダマスカス近郊にあるMNSRが攻撃を受ければ、甚大な被害が生じる」と警告を発している。米ロ両国がシリアの化学兵器の破棄で合意したことから、米欧のシリア軍事介入のシナリオは現時点では遠のいたが、ロシアがIAEA宛に送った書簡は検討に値する内容を含んでいる。
▲IAEA本部で16日から始まった第57回年次総会の垂れ幕(2013年9月16日、撮影)
核関連施設が空爆されたケースは少なくとも1度ある。イスラエルは2007年9月、シリア北東部の核関連施設(ダイール・アルゾル施設)を爆破した。シリア側が否定しているが、IAEAは「同施設は核関連施設」と受け取っている。IAEA査察官が採集した環境サンプルから微量の人工ウランが検出されている。ただし、同施設には原子炉が挿入されていなかったので、爆破で放射性物質が外に放出されるという惨事はなかった。
イランは過去、イスラエル軍のイラン核施設空爆の危険性について、「イスラエルがわが国の核施設へ軍事攻撃を加えれば、明らかに国連憲章違反だ。国連安保理は即、対応に乗り出すべきだ。イスラエルが軍事攻撃を掛けるならば、われわれはもちろん黙っていない。厳しい応答をする」と何度も警告している。
核関連施設を空爆した場合、周辺だけではなく、国境を越えて放射性物質が広がり、その被害は甚大だ。相手国もよほどの理由がない限り、空爆はできない。核関連施設を空爆した場合、化学兵器の使用と同様、国際社会から激しい批判が出てくることは必至だ。イスラエルを念頭に置いて語っているのではない。
その上、空爆には誤爆が付きまとう。地中海に派遣した駆逐艦から巡航ミサイル「トマホーク」を発射しても100%、目的に命中する保証はない。米軍は1998年、スーダンを空爆したが、そこはアル・カーイダの訓練基地ではなく、製薬工場だった。そのため、多くの民間人の犠牲が出たことはまだ記憶に新しい。ましてや、不正確な情報に基づいて核関連施設を空爆する危険性は完全には排除できない。無人戦闘機の空爆でも同じだ。テログループと判断して爆撃命令を下したが、結婚式に集まった人々だった、ということがあった。
パウエル米元国務長官は「核兵器はもはや使用できない武器となった」と指摘し、核兵器開発に疑問を呈したが、核関連施設を保有する国に軍事介入する場合、空爆のカードは使えなくなってきた。軍事目的を達成するためには、地上軍の投入しかなくなったのだ。
オバマ大統領は化学兵器を使用したシリアのアサド政権への空爆を諦めて、外交ルートで解決する道を選択した。それは米大統領のリーダーショップの弱体化を意味するのではない。地上軍を投入せず、空爆による軍事介入だけでは危険が多く、アサド政権に決定的なダメージを与えることもできない、という軍事的判断が働いたのだろう。
ひょっとしたら米大統領の面子は傷つけられたかもしれないが、正しい選択だ。小型研究炉を有するシリアへの攻撃を警告したロシアの書簡は、モスクワの政治的思惑を超えて、貴重なメッセージを含んでいる。
編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2013年9月17日の記事を転載させていただきました。
オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。