橋下大阪市長の「エゴイズム」 --- 岡本 裕明

2014年02月03日 12:18

それにしても我が強い方だと思います。自分の信念を通すためには世の中がどれだけ不自由しようと関係ない、というスタンスは幼少時代からの生い立ちをみても想像できるでしょう。

橋下徹大阪市長が市長をいったん辞任し、出直し選挙を行うことになりそうです。多分、今日にも正式表明するかと思います。出直し選挙、つまり、自分の求心力を世に問うという意味では小泉純一郎元首相の郵政民営化解散が最近の代表例だと思いますが、橋下徹市長にもその勝利の女神は微笑みかけるのでしょうか?


市長の辞任は大阪都構想に対する大阪市への再度の問いかけということですが、その背景には橋下徹本人の人気度のバロメーターをもう一度確認したい、ということもありそうです。つまり、本人の鮮度が落ちていないか、ということでありましょう。

正直、この1年、橋下氏はあまりにも冴えない展開が多かったと思います。特に慰安婦問題発言あたりからそのツキから見放されているように思えます。昨年夏の参議院選でも完敗、9月の堺市市長選でも都構想反対派の現職、竹山修身氏に完敗、さらには東国原英夫氏が12月に離党しました。維新の会の共同代表の石原慎太郎氏との歩調もしっくりきていないように思えます。

橋下氏は自分に対する自信が非常に強く、今まではその斬新な切り口が大阪を大きく動かしてきたと思います。それは旧体質に溺れる大阪に対しては電気ショックのようなものでしたし、事実、大きな成果もあげてきました。しかし、氏のポジションは自分の考えが正しいのか、という自己目線が常に中心にある様な気がします。つまり、他人に迎合することはまずない、ということです。多分、いわゆる頭の良い、天才肌のタイプなのだろうと思います。

この性格の弱点は長く持たない、ということでありましょうか? つまり、市民レベルからすると「覚醒」するということでしょうか? もっと強い刺激があれば別ですが、どうも、そろそろ厳しい感じがいたしております。

実は私はふと、みのもんた氏を思い出しました。彼が今、何をしているか存じ上げません。週刊誌の見出しを見る限り、当時の面影はなさそうに思えます。なぜでしょうか? それは日本では一度、飽きられると回復不能になるきらいが強いという社会風潮も影響しているのでしょう。では、小沢一郎氏はどうでしょうか? 民主党を出てからは岩手の野武士に成り下がったと言ってもよいでしょう。それは民主党時代に国政を掻き混ぜたという意味で小沢人気を次の世代につなぐことができなかったからでありましょう。

橋下市長の賞味期限を占うのは多分、春先になろうかと思います。最近は氏のエキストリームな発言が耳につくことも多いのですが、ズバリ、マスコミ狙いの過激な発言は最後、得することはないと指摘しておきます。東京の都知事選でも候補者の一部にかなり偏狂な主張を見出すことができますが、そのボイスには一時的な刺激はあるものの人の判断は結局中庸に戻るという傾向があります。それは今の時代が基本的に平和で経済的に恵まれているからなのです。特に高齢者は企業年金を沢山もらえている方も多く、新聞紙上で賑わしているようなデフレ、低賃金が直接的に影響する20代、30代のボイスとは裏腹であることもあるのではないでしょうか。

最後にもう一言。日本はアメリカ発の効率化という言葉に強い刺激を受けてきたのが過去10数年だと思います。多分、北米の匂いを感じ取りながら思う私の感性からすると日本は今後再び、より強いチームワークを主流としていく気がしております。そういう点で橋下氏のポリシーは色あせてきたことは否めない気がしております。個人的には氏の我儘からの出直し選挙はそれこそ無駄遣いではないか、と思います。

今日はこのぐらいにしておきましょう。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2014年2月3日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった岡本氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は外から見る日本、見られる日本人をご覧ください。

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