自由について海猫沢めろん先生と考えたこと:第2回 自殺する自由

2014年04月15日 07:30



同世代の作家、海猫沢めろん氏(通称:めろん先生)との対談。第1回目の「自由と不自由」に続き、第2回目のテーマは「自殺する自由」だ。彼が最新作を書き下ろすキッカケは、友人Kの自殺だった。Kは自殺する自由を行使した。


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1.「自由になる選択」としての自殺
海猫沢めろん(以下、海猫沢):死んでしまったK君が何で死んだかっていうと、「自由になる方法としての自殺」でした。僕の定義だと、自由は「選択肢がある中で、いつでもそれをやってもやらなくてもいい」ということですよ。でも自殺っていうのが選択肢に入ってきて、しかもそれが二択ぐらいの内の一つに入ってくると、その状態は「不自由」なんですよ。その「不自由」は将棋でいう「どうやっても詰む状態」に似ています。将棋の序盤は、可能性が無限にあるけれど、コマを動かすとどんどん可能性が狭まる。だからとにかく、選択肢が多くなるように生きるほうがいいんです。楽だとしても、選択肢が狭くなる方向を選ぶことは、実は不自由になっていくってことと同ですよ。

常見陽平(以下、常見):ただ、現代は「選択肢の多さに疲れる時代」でもあると思います。今は「選択肢多すぎて迷う」って言う人達が多い気がするな。「自由になる選択としての自殺」っていうのは、何か豊かなものに聞こえてしまう気持ち悪さがあります。僕は最後まで回避する方法ってあると信じたいですけど、世の中には自殺しないといけないぐらい追い詰められた人もいると思うんですよ。

2.「あぁ、もういないんだ」という感覚
常見:実は僕も友達が自殺したことがあるのです。

海猫沢:その時どう感じましたか? 常見さんとは仲良かった人ですか?

常見:それがめちゃくちゃ仲の良かった友人です。鬱が原因でした。僕はその日、夏フェスのサマーソニックに行っていました。2007年の8月12日で、レミオロメンが真夏なのに「粉雪」をプレイしたんですよ。僕は千葉マリンスタジアムの後ろのほうでゆるくビール飲みながら見ていて、その時、その友人に久しぶりに「レミオロメンが“粉雪”歌っているよ。久しぶりに会いたいね」みたいなメールを書いて、でも鬱とか健康上のことで苦しんでいるって聞いていたから、結局は送信ボタンを押さなかったんですよ。そしたら8月15日に遺体が発見されたんですけど、8月12日、まさに僕がメールを送らなかったその日の晩に亡くなっていました。

海猫沢:分かりますよ、俺も「そこで何かしとけば違う展開があったんじゃないか」って考えますもん。

常見:この年になると先輩や友人が亡くなるんです。何か声をかけようと思ったら「あっいない……。」っていうことがありますね。関係がこじれちゃった友達とかは携帯の連絡先から消すんですけど、その人達はやっぱり消せない。

海猫沢:あるある……誕生日がリマインダーで表示されたりしますからね。

常見:城山三郎の遺作に『そうか、もう君はいないのか』っていう奥さんのことを書いた本がありました。「あぁ、もういないんだ」っていう感覚でいうと、リクルートの創業者江副浩正さんと国際教養大学の初代学長の中嶋嶺雄先生ですね。昨年、取材依頼をしようとしていたら、立て続けに亡くなられて。自分では分不相応だと思い、お願いするのをやめたんですけど、「頑張ってお手紙書いておけばよかったな」と悔やんでいます。

海猫沢:「死んでしまう」ということは、つまりその後の「選択肢がゼロ」ということですからね。

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3.オカルト世代の終末思想―ノストラダムス・『ムー』・オウム
常見:少し重い話が続きましたね。ここで閑話休題。最近ラジオの収録で知ったのですが、めろん先生は、ノストラダムスの大予言を結構信じてたんですよね(笑)。

海猫沢:そうです、めちゃくちゃ信じてましいましたね。俺、1975年生まれだから、1999年だったら24歳ですよね。その時は就職の年齢制限があって25、26歳までだから……もし大予言後地球がなくならなくても、ギリギリやりなおせる!と思って。

常見:終末思想的なものが流行ったのは、本当は1970年代らしいですよ。私も学研の『ムー』を読んでました。僕自身は小学4年生のときのサンタさんのプレゼントが『怪奇オカルト大百科』みたいなのだったのですよ(笑)。その本でノストラダムスの大予言をはじめて知って「1999年地球は無くなる!!」って書いてあって驚いたんですよ。

海猫沢:お母さんのセレクトすごかったですね(笑)。

常見:サンタって言えよ!その影響で、小学校で卒業式の練習で、卒業生たちを見ながら「どうせこいつら死ぬんだ!人生無理だ!おれもこいつらも死ぬんだ!」みたいに考えていましたね(笑)。

海猫沢:逆に俺は自分だけ「選ばれる」と思っていましたね。「99年来たら覚醒するぞ!第三の目開くぞ!」とか「ホントは、俺は神だって分かるぞ!」みたいな(笑)。

4.文通をする寮生たち―めろん先生の独自路線
海猫沢:高校の時は、全寮制で外部と遮断されていたので、ヤンキーも含めてほとんど全員文通していました(笑)。そこで文通するには、雑誌の文通コーナーにまず住所を載せなければいけない。当時みんなは、めっちゃ分厚い「歌謡曲」っていう雑誌の文通コーナーに載せようとしていて。

常見:『歌謡曲』ってあった、あった(笑)。 

海猫沢:当時の『歌謡曲』ってそのときのカラオケの入力リストみたいな分厚さので、歌詞とコードが載っていて弾き語りができる本です。その最後に文通コーナーがあって3,4ページあるんですよ。全国から投稿が来ていて。みんなペンフレンド募集中ですね。でもその中に住所が同じのが何個かあって、それはうちの寮です(笑)。住所同じで部屋番号だけ違うみたいな。

常見:すごい(笑)。

海猫沢:みんなが『歌謡曲』で文通している中、俺は何に住所を載せていたかというと、『ムー』なんですよ。超せつないんですけど、大人になって「あのとき何て書いたんだろう?」と思ってバックナンバーみたら「友達がいない人募集」って書いてたという……。それで、まずオウムの勧誘が3件ぐらい来たんですね。空中浮遊したかったから、オウムいいなと思ったんですけど。でも全寮制で外に出られないから、オウム支部には結局行けなかったです。危なかった。で、『ムー』を介して知り合って、文通していた人がいたんですが、その文通相手は女の人で、「木と話せる人」でした。「私は植物と話せます。毎日会話しています。」って書いてあって。オカルトの世界って自意識ある人が多くて、全然悟ってないんですよ。自意識を捨てて悟るタイプはいなくて、「お前は悟りから遠い!」みたいなすごい自意識の人がいて。それこそ「お前よりおれの方がうまく悟れるよー」みたいな(笑)。「全然悟ってないよね。おれの方がもっと悟れるよ!」みたいな人が三人くらい集まっていかに自分がうまく悟れるか勝負をするみたいな。全然誰も自意識を捨ててないし、すごく不思議な世界でしたね。当然ながら、俺も全然自意識をすててなかったから、「僕は森としゃべれますよ!」みたいなことを書いて送りました。

常見:すごい(笑)。

海猫沢:そしたら「あなたは私よりもすごい能力をお持ちなのですね」みたいなのが返ってきて……もうこのノリはついていけないので、最後は「いい人を紹介します」って言って、先輩にパスです(笑)。

重たい話から、奇妙な話まで広がった第2回。第3回は「普通に生きる」ということがテーマ。お楽しみに。

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常見 陽平
千葉商科大学国際教養学部専任講師

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