東日本大震災が教えるもの【アゴラ・シンポ関連】

2014年09月10日 08:33

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畑村洋太郎 
元政府福島原子力発電所事故調査・検証委員会委員長/東京大学名誉教授 

【GEPR編集部より】畑村先生に、9月27日に静岡で開催するアゴラシンポジウム「災害のリスク—東日本大震災から何を学ぶか」のポジショニングペーパーを寄稿いただきました。

【本文】

筆者は、三陸大津波は、いつかは分からないが必ず来ると思い、ときどき現地に赴いて調べていた。また原子力発電は安全だというが、皆の注意が集まらないところが根本原因となって大事故が起こる可能性が強いと考え、いろいろな原発を見学し議論してきた。正にその通りのことが起こってしまったのが今回の東日本大震災である。


東日本大震災の地震や津波、福島原発事故は、災害や事故に対してどのような考え方が必要か、またどのような備えが必要かについて、私たちに多くのことを教えてくれた。

東日本大震災を直視し、それが教えていることを真摯に学び取らなければ来たるべき東海・東南海・南海の大地震と大津波、また首都直下地震では回復不能な大打撃を被ることになる。

そこで本講演では,東日本大震災が教えるものを“想定”・“避難”・“復興”・“全体像”・“共有”・“平時と有事”・“複合災害”・“過去の経験”などのキーワードで表される8つの視点から記述する.

1)想定

人間は何かの物事を考えるとき、考える範囲を決めないと考えることが出来ない。しかも、一旦考える範囲を決めてしまうと、その範囲内については詳しく考えるが、外のことについて考えなくなる.また,人間には“見たくないものは見えない”という特性がある。
しかし、どんなに考えてもどんなに調べても考え落しは必ずある。トラブルや事故はその考え落しのところで起こる。また、今までに起ったことがないようなこと。思いつきもしないことさえ起こり得る。災害や事故を考えるときには,“あり得ることは起こる”と考えなければならないことを今回の東日本大震災や福島原発事故は教えてくれた。

さらに、このように事故を減らす努力や災害による被害を減らす努力をしても,事故や災害は必ずまた起こる。それに正しく対処するには“防災”の考えだけでは不十分で、その被害を最小にする方策、すなわち“減災策”を考えるしかない。

2)避難

ことが起こる前に“あり得ることは起こる”と考えて、避難・帰還の基準を定めておくことが重要である。どの範囲の人がどの条件になったときに避難するのかをあらかじめきちんと定めておかなければならない。

単に基準を決めるだけでなく、どこへどんな移動手段で何を持って避難するかを予め具体的に考え、いつでも実行可能な状態にしておかなければならない。避難は原発事故だけでなく、地震でも津波でも大火でも必要になる事柄である。少なくとも個々の市町村は国の仲介なしでも自治体どうしの直接交渉で取り決めを行い、平時から草の根交流を行っておくことが望まれる。

原発事故では福島県の約16万人もの住民が避難を余儀なくされた。原発事故がおこってから避難と帰還の条件を定めたが、その場の雰囲気だけで定めた空間線量年間1mSvが足かせとなって、事故から約3年が経過した2014年1月になっても約13万5千人が帰還できずにいる。避難計画をあらかじめ策定し、実際に近い形で避難訓練を行い、計画が実行可能であることを確認、すなわち避難計画の妥当性を検証することが必要である。

また、実際の避難ではいくら説得しても逃げない人がいることをあらかじめ想定しておくことも必要となる。説得に時間を空費し、救助する者が遭難する愚を繰り返さないための手立てと考えの共有を図っておかなければならない.

3)復興

今回の大災害で学んだ大事なことの一つは、復興についても事故や災害が起ってしまってから考え始めたのでは遅すぎるということである。災害が起こる前に災害は起こるものとして復興の基本を議論し、大筋を定めておかなければならない。

災害直後の混乱がある程度収まった後、数か月後から発災後3年間程度が復興に向けてのエネルギーが最も高まる時である。それぞれの地域はあらかじめ議論を行い、大枠の方針を定めておかなければ、何も決まらず、何も実行できないまま時間が空費されてしまう。

復興に先立つ必須の作業である除染についても基準と範囲を予め定めておくことが必要であった。原発に事故はないことにして運営していたため、最も効果のある“その場処理深穴埋め”が採用されていない。時間と費用の空費は次の災害で繰り返してはならない。

復興作業そのものについても予め考えておかなければならないことが多い。その例として防潮堤を取り上げる。防潮堤の計画は被災直後の恐怖感が強いときの計画になりがちである。このようにして作られた防潮堤は、一般の津波被災地にも原発構内にも当てはまることであるが、時間が経つと無用の長物になる可能性が強い。

4)全体像

関係者全員が全体像を共有しなければならない。具体的には、その組織や社会システム・技術システムが何を目的として作られているのか、全体がどのようになっているかを共有し、そして自分はその中でどの部分を分担し、それが全体とどのような関係になるか、自分の判断や行動が全体に対してどのような影響を与えるかを自覚していなければならない。

さもなければ、自分の分担部分を局所的に判断し、全体としては不適切な判断となりかねない。特に事態が刻々と変化する災害や事故の際には変化する全体像や情報を全員が共有し、それに応じて判断・行動することが求められる。

それと同時に、大災害や大事故が発生した時に全体を見渡し、的確な判断や助言ができる人間を一人作っておくことが必須である。一人で全体を見渡し、的確な判断をし,必要なところに情報を発信できる人間を作っていた例がある。福島原発事故当時、英国政府の科学顧問の任にあったジョン・ベディントン卿は得られた情報から判断し、事故がチェルノブイリよりもはるかに小規模であると判断し、イギリス国民および在日英国人対し情報提供や助言を行った.現在の日本ではこのような役割の必要性が全く顧慮されていないように思われる。大災害が来てから考えるのでは遅い。一日も早くこのような人を作らなければならない。

また、災害や事故の全体像をつかむためには基本となる正しい知識を国民全体が共有することが必須である。人間の健康阻害要因には様々なものがあり、その中でも生活破壊による精神的ストレスによるものが最大であるにも拘らず、放射線の影響だけを取り上げて避難基準を策定し実行しているため、3年半後の現在1日当り2人以上の人が震災関連死で亡くなっている。これは国民が放射線や原子力発電に対する正しい知識を持っていないこと、全体像を理解していないために起こっていると考えられる。

5)共有

実際の災害や事故の際はそれらの組織や社会システム・技術システムなどを運用し対処することになるが、このときそれらに関与する人達がそれぞれの組織やシステムの使命・意図・目的、価値観・全体像・知識・情報などを共有していることが非常に重要である。

また目標や価値を共有することなく、マニュアルや基準のようなもので判断や行動を規定しようとすると、形を整えることが重要視されるようになり、必ず形骸化する。その結果組織やシステムは実際に求められている機能を果たすことができなくなる。

大災害や大事故は、それが起った瞬間から即座にそれに対応することが求められる。この時に必要なのは自分達の関わる組織・システムが何を目的としているかをそれぞれが自覚し、自分で判断して共有した使命や価値の実現に向けて動くことである。

6)平時と有事

大災害や大事故など、有事は平時の延長線上にはない。

平時には逆樹木構造を基本とする縦割り組織が適している。一方、大災害や大事故の際は制約条件は時々刻々変化し、しかも情報が不十分なために、制約条件を的確に把握することができない。このような場合に必要となるのは、縦割りの垣根を取り払い、起っている事象ごとにその構成を柔軟に変化させる水平組織である。

平時から有事の体制に切り替えるタイミングを予め決定しておかなければ、その時宜を逸する。この時重要なのが、組織のリーダー自らが平時から有事への切り替えを宣言することである。

平時から有事の体制への切替えに伴い、多くの場合権限の委譲が必要になる。この場合、誰にどこまで権限を委譲するかを具体的に指示する必要があり、しかもその指示は組織の末端まで行き渡らなければならない。

7)複合災害

今回の東日本大震災でも地震・津波・原発事故の3つがほぼ同時に起り、それらが複合して災害を巨大化させた。一つの事象だけが単独に起こるとした対策では手も足も出なかった。

巨大災害では今回経験した3種類の他にも火災・噴火/降灰・断水・飢餓・病疫・テロ等の他、今まで経験したことのないことがほぼ同時に起ることも考えられる。そのような困難な状況を想定した対応策をあらかじめ考えておかなければならない。

8)過去の経験

人間の記憶には直近の経験が過去の経験に上書きされて鮮明に残るため,人の判断に優先的に影響するのは直近の経験である。

大災害は頻繁に起こるものではない。100年に一度、300年に一度、東日本大震災クラスの災害になると、1000年に一度起こるかどうかである。人がその一生の間に大災害に遭遇することはまずないということである。そこで大事になるのが,災害の記憶をどう残していくかということである。

災害が起こった直後は災害の記憶が消えないようにという努力がなされるが、ほとんどの場合災害の記憶は薄れ、次の災害でも先の災害のときと同じように多くの犠牲者が出る。

災害の記憶の風化を防ぐには、人間または人間社会の忘却の特性を考慮に入れた上で対応を考えなければならない。たとえば報告書・資料・データベースを作るだけでは不十分で、童話・小説・劇や音楽・絵画などにしたり、小・中学校の教材に様々な形で埋め込んだり、学芸会や運動会などの学校や地域の行事に組込んだりするなど、人々に身近な形で残していくことが非常に重要である。

畑村洋太郎(はたむら・ようたろう)工学院大学教授、東京大学名誉教授。元政府福島原子力発電所事故調査・検証委員会委員長。消費者庁消費者安全調査委員会委員長。著書に『未曾有と想定外』(講談社新書)、『福島原発事故はなぜ起きたか (共著)』他多数。工学者としての活動に加えて「失敗学」を提唱したことでも知られる。

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