慰安婦問題 ~ 依然として日本に厳しい海外世論

北村 隆司

池田先生や産経新聞などの具体的で執拗な攻撃にあった朝日新聞が、「慰安婦強制連行報道」の誤りを認めて白旗を挙げたのが日本の現状だが、海外では朝日の誤報は殆ど取り上げられず、その後に発表された国連の人種差別撤廃委員会の勧告は、以前にも増して日本に厳しいものとなった。

クマラスワミ報告書は「第二次世界大戦中に性奴隷とされた女性の問題」に関して、日本政府を名指しして批判し、日本政府に被害者個人への賠償責任があることを強調したが、今回公開された最終見解は、慰安婦に対する人権侵害者の責任を追及するだけでなく、「在特会や一部の右翼政治家」による在日韓国・朝鮮人へのヘイトスピーチへの懸念を表明し、日本政府は責任ある個人や団体を捜査し、必要な場合は起訴する事を要求し、更に死刑・代用監獄・慰安婦・秘密保護法・ヘイトスピーチ・技能実習生・福島原発事故等々を具体的に挙げて、日本の人権擁護制度の改善を強く求めるものであった。


国連の最終勧告は、朝日の誤報が日本の名誉を傷つけたと言うより、元慰安婦たちの証言が重用だと言う韓国側の主張を採用した形で、海外では日本軍が戦時中に韓国人女性らの名誉と尊厳を傷つけたとの認識を定着させる効果を持つ事となった。

日本人から見れば一方的としか思えないこの勧告は、日韓両国の個別の事案である筈の慰安婦問題を「侵略者による人権侵害」と言う普遍的な国際問題にすり替えた韓国外交の作戦勝ちとも受け取れるが、一旦治まりかけていた慰安婦問題に火をつけて国際化した張本人は、首相として「河野談話」見直し発言をした安倍首相自身で、これを韓国に徹底的に利用された事に加えて安倍首相の靖国法参拝が加わり、結果として国際世論の安倍首相の右傾化への警戒心が一挙に高まり、今回の厳しい最終勧告を産んだと言っても良い。

集団的自衛権問題など、難問に真剣に取り組む安倍首相には評価すべき点も多々あるが、一過性の事案として処理できた問題をこれだけこじらせた不用意発言は大いに反省すべきである。

事実に至上価値を置く試験制度に鍛えられた生真面目で勤勉な日本人は、個別具体的な事実を詳細に積み上げる得意技を駆使して、韓国政府や朝日の主張の誤りを正したが、国際機関はこれ等の努力を枝葉末節だとして排除してしまった。

これは、事細かな事実には強いが、全体を把握する事を苦手とする「木を見て森を見ない」傾向の強い日本の価値観が、個々の事実より全体像の把握を重視する欧米に理解されなかった結果かもしれない。

もう一つ重要な事は、日本政府は人権問題でも世界の最先端を走っていると思い込んでいるフシがあるが、これはとんでもない誤解で、人権重視を主張する日本や日本の人権の取り組みは先進国から信用されて居らず、稚拙な途上国扱いされているのが実態である。

その典型が、昨年ジュネーヴで開かれた国連拷問禁止委員会で、「日本の刑事司法制度は自白に頼りすぎており、中世(the Middle Ages)のようだ」と批判したアフリカの某国代表に反論中、会場から失笑が漏れた事に逆上して「シャラップ(黙れ!)」と二度に亘り怒鳴る前代未聞のスキャンダルを起こした上田大使の「シャラップ事件」である。

彼は、東大を出て外務省に入り、官費でハーバード大学大学院まで留学させて貰った人物だが、添付の動画を見れば一目瞭然の通り、その発言内容のお粗末さは勿論、書類を読み上げる英語力は高校生レベルの稚拙なもので、このような外交官に難題の多い日本外交の交渉を任せせる日本の外交制度には、組織的欠陥があるとしか思えない。

日本の人権問題に関する内外の評価のずれの大きさは、この例に留まらない。

経済連携協定(EPA)と同時並行して日本が締結交渉を行っているEUとの戦略的パートナーシップ協定(SPA)に、EUから「人権条項」を設けるよう要求されていることが分かり、日本政府は激怒したと報道された。

もともと全体主義国家や途上国向けだけに適用される「人権条項」(相手方に人権侵害や民主主義に反する事態が起きた場合、EPAを停止できると言う条件を賦した条項)を、先進7カ国(G7)のオリジナルメンバーである日本に適用しようとするEUの姿勢に、自尊心を傷つけられて憤慨する事は理解出来るとしても、海外先進国は日本の人権制度を途上国並としか見ていない現実を自覚する事も重要である。

人権問題で国連に自国を訴える事も「全体主義国家」か「発展途上国」からの亡命者と相場が決まっているが、朝鮮人強制連行問題と従軍慰安婦問題で日本を国連人権委員会に提訴したのは、日弁連の海外調査特別委員に任命された日本人の弁護士で、韓国でも韓国人でもない。

この事も、日本の人権制度への海外の信用を傷つけ、「性的奴隷制」と言う言葉が「国連の用語」として初めて採用される事に繋がった可能性すらある。

ひょっとすると、朴大統領の「言いつけ」外交の元祖は、外圧に弱い日本の特性を利用して国連に「言いつけた」この日本の弁護士で、朴大統領はそれをパクッたのが真相かも知れない。

海外広報が重要なこの時期に、韓国の外交、学界、メディア関係者の海外での活発な発信力は日本の比ではなく、それに比べ、日本国内では朝日新聞を始めとするリベラル派を口を極めて非難する産経新聞を先頭とする保守派の言論機関や学者、評論家が、海外では借りてきた猫のように沈黙を守り続ける事も理解に苦しむ。

いずれにせよ、橋下市長が言うように誤報をひたすら否定して来た朝日新聞の責任は重く、国民が納得する反省を表明するまで、断罪を続ける事は重要である。

と同時に、日韓基本条約、請求権並びに経済協定で全部完全かつ最終的に解決されたと日本政府がいくら主張しても、世界がそれを認めない以上、日本と日本人は何が論点なのかということをもう一回、見定め、反省するところは反省して、お詫びするところはお詫びして出直す必要に迫られていると言う橋下市長のコメントも誠にその通りである。

「人を見て法を説け」とは国際社会の論議でも大切な教えだが、実行は中々難しい。

例としては適切でないが、残酷で野蛮に思える朝鮮の食文化の「犬肉料理」の食材として、年間200万頭の犬肉を消費している韓国に向かって「野蛮国家」だと非難しても韓国が変る筈もないが、韓国の犬肉料理の現状を世界が知れば、韓国がいくら「法律上は非合法」だと主張しても、「韓国人野蛮説」が世界を駆け回り、見栄っ張りの韓国が誇りにしていたポシンタン(犬肉スープ)が、たちまち「国辱料理
として消え去る事は間違いない。

これでも判る通り、論議を進める場合は相手を非難する前に、広く世界を見回す習慣を身につけ、どれだけ多くの国の世論の支持を得られるかを見極めることは、自分の主張を強調するよりも重要な世界になった様に思えてならない。

言うまでもなく利害の渦巻く国際社会は、理屈だけでは通らない複雑な重層社会で、このままで日韓関係の雪解けを期待する事は豚に天を飛ぶ事を期待するくらい現実性に欠ける。この現実を打ち破るには、日本の方針の大幅な転換を決意する勇気も必要である。

大切な事は、時には取引と言われる妥協や国内世論を制しても国際的多数意見に従う勇気や、考えの異なる国の同意を得る努力は欠かせない。

シリア、イラク、ウクライナなど世界各所で火の手が上がる今日、米国は北東アジアの平穏を願うや切なものがある。

この際、日本に如何なる不満があろうとも十歩譲って、日本が率先して人権侵害の非が有った事を潔く認める勇気を持ち、先ずは慰安婦問題を解決する事が、成熟した日本に求められる務めであり、集団的自衛権無しには自由を守りきれない日本が米国を筆頭にした同盟諸国の信頼を一挙に集める手段である。

2014年9月9日
北村 隆司