成長戦略の一環として、ビッグデータ・ファンド創設を

小黒 一正

数か月前だが、以下の通り、ビッグデータを活用したファンドに関するブルームバーグの記事が報道された。

関学教授ら三菱UFJ信託のファンド助言、ビッグデータで行動分析(Bloomberg 2015/02/04)

関西学院大学の岡田克彦教授らが設立したマグネマックスキャピタルマネジメントは13日から、三菱UFJ信託銀行の日本株 運用ファンドへの投資助言を開始する。通信社などが配信するニュースを蓄積したビッグデータを基に、コンピュータを使って市場参加者の心理の揺れを推定し、投資アドバイスする。(略)

投資モデルは、同大大学院の岡田研究室が開発したニュースなどに使われた単語を集計分析し点数化した理論モデルを、三菱UFJトラスト投資工学研究所とともに精緻化し、投資戦略を増やした。投資銘柄は平均100銘柄、目標収益率については非公表としている。(以下、略)


ビッグデータと金融の融合という視点で見る場合、主に2つの視点が挙げられる。一つは、株式や債券といった投資運用や新たな金融商品の開発等にビッグデータを活用するという視点である。これは、上記の試みを含め、世界規模で既に活発な動きが始まっている。

その結果、Wikibon (IT情報サイトを運営)によると、1ドル=120円として、世界のビッグデータ市場は2014年で285億ドル(約3.4兆円)であるが、3年後の2017年には約2倍の501億ドル(約6兆円)まで拡大し、この傾向は今後も続くことが予測されている。

このような状況の中、その半歩先を行く議論として、潜在的に大きな価値を秘めているのは、もう一つの視点であり、それはビッグデータ自体を金融商品化し、その取引やビッグデータ同士をマッチングする専門市場の創設だ。つまり、ビッグデータを金融資産に変換する試みである。

なぜ、ビッグデータの金融商品化が重要なのか。例えば、長寿や健康(美容を含む)に関するビッグデータでいうならば、どのような性格、食生活(ビタミン剤等を含む)、生活習慣、職業・年収の人間が長寿や健康である確率が高いのか、遺伝情報を含めて分析を行い、その原因を特定できれば、それを活用した保健医療コンサルや予防・健康ビジネスなどが発展するはずだ。

また、国土交通省が2014 年7 月に公表した「国土のグランドデザイン2050~対流促進型国土の形成~」では、2050 年の人口が2010年と比較して半分以下となる地点(全国を「1km2 毎の地点」で見る)が、現在の居住地域の6 割以上を占めることを明らかしている。

このような状況では、集中と選択を図る観点から、コンパクトシティの推進や老朽インフラの維持管理を効率的かつ効果的に行うための指標や基準の策定が必要となる。

その際、年齢別人口分布や各種施設の利用状況といった地理空間情報(GIS)のほか、便益・費用分析に資するビッグデータの収集や整備も潜在的ニーズが高いはずであり、そのようなデータの中には公共財的な性質を有するものも多い。

しかし、大規模かつ質の高いデータの収集や整備を行うには高額のコストがかかるため、将来収益が見込めるデータでも、ベンチャーキャピタル等が躊躇し、データ収集や整備に必要な資金が集まらないケースも多い。

このようなケースで威力を発揮するのが、市場メカニズムの活用の一環としての「金融商品化」である。

では、どうやって、ビッグデータを金融商品化するのか。そのヒントは、不動産の証券化にある。不動産の証券化とは、保有する不動産を小口の証券に仕立て直して投資家に販売して資金を調達する仕組みをいう。

これを証券化といい、不動産証券化には、特定の不動産を証券化する資産流動化型と、複数の不動産を対象としてファンドを運用する資産運用型がある。前者は、SPC(特定目的会社)等を通じて証券化を行い、後者は投資法人・投資信託が投資家から集めたマネーをファンドとして不動産に投資(=REIT、不動産投資信託)する。

これと同様のスキームで、個人情報等の保護は厳格に行いつつ、ビッグデータを金融商品化するのである。つまり、ビッグデータ・ファンドの創設である。

このビッグデータ・ファンドの創設には、いくつかのメリットがある。第1は、ビッグデータの収集や整備を行う誘因を高め、ビッグデータ関連市場を活性化することだ。

その際、高度で質の高いデータの収集や整備には、高額のコストのみでなく、創造的かつ独創的な発想が求められるケースもあるため、一定の条件を満たすデータについては、著作権と同様、「情報創造権」(仮称)といった法的概念で一定期間に渡って資産を守ることを可能とする仕組みを構築してはどうか。

第2は、情報創造権といった法的概念で資産を守る仕組みが構築できれば、クローズド・データかオープン・データかにかかわらず、データ同士をマッチングして新たなビッグデータを創造する誘因が高まることだ。

個人情報等の保護は罰則の強化を含めて厳格に行うことはいうまでもないが、例えば自動車保険でいうならば、自動車の運転速度や移動範囲といったGPS情報や健康情報のほか、交通事故の詳細なデータを組み合わせることで、新しい商品が設計できる可能性がある。また、ヒト・物流データと不動産データを組み合わせることで、不動産の利用方法や価値を高めることもできよう。

第3は、ビッグデータのグローバル化だ。例えばビッグデータ・ファンドの投資家は海外でも構わず、より大規模な資金調達が可能となる。また、ビッグデータ・ファンドを利用し、国内だけでなく、海外の医療介護関連データや治験データを収集・整備あるいは統合することで、医療介護の関連産業のグローバル展開を有利に進める枠組みを構築できる可能性がある。

なお、ビッグデータ・ファンド関連の取引やデータ同士のマッチングを行うためには、その専門市場の創設も重要となる。特に、クローズド・データや個人情報等の保護が重要なデータの場合、転職・求人のマッチングサイトのように、データの秘匿性を守りつつ、データのマッチングを行い、情報の共有を進める必要がある。

いずれにせよ、ビッグデータと金融の融合は、ビッグデータ関連市場の活性化を通じて、データ・サイエンティスト(データ分析職)やマーケティング・テクノロジストといった新たな職種の育成も加速することは明らかだ。成長戦略の一環として、ビッグデータ・ファンドの創設を検討してみてはどうか。

(法政大学経済学部教授 小黒一正)