天災に隠された「意味」を解く --- 長谷川 良

2015年04月28日 10:36

南米チリのカルブコ火山が43年ぶりに大爆発したというニュースを聞いた時から考えていることがある。その噴火する火山の姿と吹き上げる火山灰などの写真を見る度に、天災と言われる出来事の「意味」を考えるのだ。人災とは違い、天災には「意味」が含まれていると信じているからだ。


両者の違いは、簡単にいえば、人災は人間が原因となって発生した不祥事だ。技術的ミス、操作ミスも含む人間がもたらした事故だ。一方、天災は人間が関与する部分は皆無ではないが、多くは自然現象と受け取られる。もちろん、地球温暖化や公害問題などが絡み、人災と天災の間に簡単には線を引けなくなったが、おおざっぱにいえばそうだろう。

チリの火山が爆発したというニュースを聞いた時、当方はまず、「チリ周辺で過去、何か大きな出来事があったか」「なぜ、チリの火山が爆発したか」を考えた。人間社会の出来事が天災となって跳ね返ってくる場合も排除できないからだ。

そうこう考えていると、今度はネパールの大地震だ。3000人以上の犠牲者が出たという。チリの火山爆発、ネパールの大地震と地球の地殻で想像もできない大きなエネルギーが発生しているのかもしれない。

先述したように、当方は大規模な天災には必ず何らかの「意味」があると信じている。オーストリアの心理学者ヴィクトール・フランクル流に表現すれば、ロゴス、意味を読み取ろうとする作業だ。人間を含む森羅万象が神のロゴスから創造されたとすれば、天災にもロゴスが含まれているからだ。

天災がある度に、一部の知識人や宗教家から「天罰」という言葉を聞く。最近では、東日本大震災の時、東京都の石原慎太郎知事(当時)が、「日本人の我欲を洗い落とすための天罰だ」と発言している。また、ローマ・カトリック教会のオーストリア教会リンツ教区のワーグナー神父は、米国東部のルイジアナ州ニューオリンズ市を襲ったハリケーン・カトリーナ(2005年8月)について、「同市の5カ所の中絶病院とナイトクラブが破壊されたのは偶然ではない。神の天罰が下されたのだ」と発言し、大きな波紋を投じたことがある。

「天罰」説は「意味」の読み取り作業の結果かもしれないが、当方は「天罰」説より、神からの「メッセージ」説を支持する。なぜならば、神は人間を罰することに忙しい存在ではなく、人間が更なる間違いを起こさないように警告する意味合いが強いと考えるからだ。

東日本大震災による津波は天災であり、福島第一原発事故は人災の様相を多く含んだ出来事といえるだろう。大震災後、大津波についてよりも福島第一原発事故について多くの関心と議論を呼んだのは後者が人災だからだ。天災について、人間は議論しないが、人災の場合、無数の議論が出てくるからだ。

それでは、「天災」にメッセージが含まれているとすれば、大切な点はその意味解きだ。チリの火山噴火、ネパールの大地震もその被害を受けた国民、国家に何か問題があったというより、それらの天災を通じて、21世紀を生きるわれわれ全てが考えなければならないメッセージが含まれていると考えるべきだろう。

神を信じない多くの人々にとっても天災の「意味」解きは、災害防止上からも有益となるだろう。少なくとも、無益ではないはずだ。自然のパワーを目撃することで、われわれは謙虚とならなければならないことを思い出す。同時に、生かされていることへの感謝を取り返す契機ともなる。

チリの火山噴火とネパールの大地震はわたしたちに何を伝えようとしているか。当方は明確な回答をまだ見出せないが、天災から私たちが何も学ばないとすれば、亡くなった多くの犠牲者に申し訳ない。天災に隠された「意味」を解き、そこから学ぶことが、生きている私たちが犠牲者に捧げる最大の供養となるのではないか。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2015年4月28日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。


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