殺人加害者の『手記』の何が問題なのか --- 入谷 秀一

2015年06月15日 16:33

神戸児童連続殺傷事件で二人の小学生を殺害した元少年A(当時14歳、現在32歳)が手記を書き、出版した。同書では事件前後の心境や社会復帰後の状況などが記され、最後に「被害者のご家族の皆様へ」として謝罪の言葉が述べられている、ということだ(現時点で私はまだ中身を読んでいない)。

加害男性が自らについて綴った告白録といえば、1960年代末に連続ピストル射殺事件を起こし4人を死亡させた永山則夫(1971年に手記『無知の涙』を発表)、最近であれば市橋達也(2007年に英会話学校講師リンゼイ・アン・ホーカーさんを殺害し逃亡、警察に捕まるまでの過程を2011年に『逮捕されるまで―空白の2年7カ月の記録―』に記す)のケースが想起される。それにしても、殺人加害者が手記を出版することの何が問題なのか。

よく指摘されるのは、出版の意図が世間の好奇心に訴えるためだけのものではないか、という点だ。これは本人からすれば自己承認欲求の表れと受け取られ、出版社からすれば単なる商業目的の事業とみなされる。もちろん、手記の内容が承認欲求――自分がどれほど悲惨で異常な人生を送ってきたか、犯罪行為を「必然的に」起こさざるを得ないほどの身体的要因・環境要因の所有者であったか、等々の訴え――によってのみ満たされ、被害者への謝罪や反省がないがしろにされていないかどうかということは、手記の具体的内容を細かく検討するしかない。が、以下ではもっと原理的な側面を考察したい。加害者が手記を発表する道徳的な権利がそもそもあるのか、という点がそれだ。

無論、憲法では表現の自由が保障されているのだから、刑期を終え、一般人へと復帰した加害者が何を発言しようが、法的には自由である。苦悩と悔恨に打ちひしがれつつ、被害者家族に手紙を書き続けることもできるだろうし、逆に、自分の行為を正当化し、社会に対するアンチ・ヒーローに仕立て上げることだってできる。殺人を自分に起こさせた外的要因を指摘し、自分は社会の被害者であると、殺人被害者と同じ目線に自らを立たせることも可能だ。しかし、忘れてはならないことがある。

それは、加害者には発言の自由があるが、被害者は未来永劫、発言の機会を奪われている、ということだ。これは乗り越え不可能なハードル、いわば「絶対的な非対称性」と形容しうる。しかも繰り返し確認すべきは、加害者は被害者について語る必然性はあっても、被害者が加害者について語る、というケースは、フィクショナルな想定であっても受け入れがたい、という点だろう。偶然の出会いによって殺害された被害者にとってみれば、そもそも加害者に会う必然性もなかっただろうし、会いたくもなかったに違いない。

フィクションは生存者の特権である。度し難いほどの暴力を有した特権である。アニメ『火垂るの墓』の原作となった同名小説は、戦後の混乱と貧窮の中で妹を亡くした野坂昭如の自伝的色彩が濃いが、ここには野坂自身の脚色が加えられている。原作では兄である清太は餓死するが、そもそもモデルとなった野坂自身は生き延びている。兄弟二人で孤立してゆく中で懸命に妹の世話をする清太の様子が原作には描かれているが、巡洋艦の艦長の息子(=野坂)――原作では、清太の父は海軍の上級士官であったことが示唆されている――が周囲から冷遇されるはずがない、と宮崎駿がなじったのは有名な話である。

とはいえ、手記にはどんなことを書こうが自由だ、という原則は、覆すことの困難な前提に違いない。そこに明らかな嘘を書かれた場合であれば、被害者遺族が反論することもできよう。しかしおそらく、被害者にとって苦痛であるのは、書かれるのが反省の弁であれ何であれ、それが加害者の言葉で満たされる、という事実そのものではないだろうか。そこに自分の子の言葉がダイレクトに入り込むスペースは存在しないし、またそれを遺族たちが望むのかどうかも疑問である。おそらく、残された遺族にとって最も受け入れがたいケースがあるとすれば、それは告白録において、殺されたわが子が何がしかの言葉を語るような場面が創作されるケースだろう――自分が聞いたことのない言葉、自分以外に聞かせたくない言葉、また未来永劫、その言葉の真意を確かめることの出来ない言葉が、ほかならぬわが子の口から出たものとして、ほかならぬ殺害者の口を通じて再現され、あまつさえ捏造されるような場合、それは遺族にとっては、二度目の殺人にも等しい行為となる。なぜなら、繰り返しになるが、そうした発言の機会は、被害者には恒久的に阻まれているからだ。遺族との和解はあっても、偶然かつ理不尽にも殺害された者たちとの和解は存在しない。それは誰も確かめようがない。

したがって、告白録という「著者の王国」においては著者の言葉が全てである、という単純な事実が道徳的に問題となるとすれば、そこに何が書かれているかということより、そこで書かれるべきでないものは何か、という観点が浮上する場合だといえる。私は直観的に、世間という第三者に開かれた告白録は、遺族に宛てられた謝罪や悔恨とは別物として扱われるべきだ、と考えたい。少年Aの書いた『絶歌』なる手記の最後には被害者家族への思いが記されているらしいが、それは少なくとも、第三者に対してさらされる類のものではあるまい。二つのものが並置される形式は、被害者家族に、世間の好奇なまなざしによって謝罪の意味そのものが希薄化してゆく印象を与えるのではないか。謝罪とは、後悔を雄弁に語ることを意味するだけではない。口をつぐむべき局面を弁えることもまた、加害者が順守すべき義務に帰せられるような気がする――それがとうてい、口を封じられた被害者の存在につり合うものではないにせよ、だ。

もちろん、これまた繰り返しになるが、加害者が何を語ろうと、それを阻止する法的制約は存在しない。そしてそれを世間がどう受け止めるかも自由である。加害者は称賛され、非難され、嘲笑され、学問上のサンプルとして扱われ、ヒーロー扱いされ、まるで反省していないろくでなしとして揶揄されるだろう。そのいずれもが、生きている者の特権である。死者との対比でいうなら、生存し続けること自体が贅沢な営みであることは間違いない。そしてそこに今回、自己表現の贅沢が加わる、というわけだ。読者である我々もまた、その贅沢を享受する共犯者である。私はそれを否定したいとは思わない。実際我々は、元少年Aの「改心」を本当に望んでいるのだろうか――?

当時小学4年生の愛娘を失った母親によれば、手記の出版については全く知らされることがなかったらしい。敢えていうなら、少年Aは謝罪の言葉を著作に混ぜ入れるべきではなかった。自己救済の思いから自分の人生について物語化することと、物語化不可能な他者(死者)への悔恨とは、分けて考えるべきである。要するに私が問題にしたいのは、控えめな主張かもしれないが、手記の体裁なのだ。加害者の謝罪の言葉を占有すること、それを誰より先に目にすることこそが、残された被害者に帰されるべき最低限の特権なのではないだろうか。それを第三者である我々が目にする機会をまずもって作ったことが、著者が犯した最大の道徳的誤りであるように思われる。

入谷 秀一
大阪大学
哲学者

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