陸軍省から文科省に受け継がれる「下剋上」の伝統

2015年07月18日 15:35

最初から結果のわかっていた安保国会より、新国立競技場のほうが日本の政治の今後を考える上で重要な試金石だった。安倍首相が「聖断」を下したことは高く評価したいが、この経緯についての産経の記事で気になったのは、次の部分だ。

首相が工期などの計画見直しを文部科学省に指示したのは6月2日頃だった。総工費や工期など現状計画の変更が可能かどうか検討するよう伝えた。「計画の見直しを再検討してみてほしい」。これに対し、文科省の回答はかたくなだった。「できません」。

これを読んで私が思い出したのは、『昭和天皇独白録』の次の一節だ。

この問題[三国同盟]に付ては私は陸軍大臣とも衝突した。私は板垣[征四郎]に、同盟論は撤回せよと云った処、彼はそれでは辞表を出すと云ふ、彼がゐなくなると益々陸軍の統制がとれなくなるので遂にその儘となった。(p.51、強調は引用者)

1940年に締結された三国同盟が、日米戦争への最後の分岐点だった。最高司令官の天皇が「同盟はやめろ」と命令したのに、閣僚が公然と反抗する――このような下剋上が日常化していることが、昔も今も日本の官僚機構と大企業の最大の欠陥である。

下村文科相が最後まで既定方針にこだわったのは、物理的にできないからではない。IOCも「競技場の設計変更ぐらい大した問題ではない」といっているので、国際公約というのも嘘である。本当の原因は、方針を変更したら担当官が責任をとらされるからだ。こうした中間管理職が閣僚を羽交い締めにして既定方針にこだわったことが、前の戦争の原因だった。

しかし国立競技場は、氷山の一角だ。安倍首相の直面している最大の問題は、破綻した社会保障の削減である。ここでも厚労省は「できません」といい、内閣府はそれに迎合して3%成長の「大東亜共栄圏」を描いているが、これは日米戦争と同じく必敗の戦争だ。ここで安倍氏が「聖断」を下せるかどうかが、彼が真の政治家として歴史に残るかどうかを決める。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長 SBI大学院大学客員教授 学術博士(慶應義塾大学)

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