「約束の地カナン」ドイツの“当惑” --- 長谷川 良

モーセに率いられて約60万人のイスラエルの民が神の約束の地カナンを目指して荒野を彷徨ったように、シリアやイラクの紛争の地から逃れた難民が欧州の地を目指している。逃避ルートとして海路と陸路の2通りだが、北アフリカ・中東地域からボートや小型船でイタリア最南端の島ランペドゥーザ島沖に殺到している一方、ここにきて財政危機下にあるギリシャのレスボス島など離島に難民が押し寄せている。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によれば、今年に入って15万8456人がギリシャに殺到した。今月8日から14日の1週間だけで2万843人にもなる。ちなみに、シリアと国境線900kmを抱えるトルコの国境都市キリス市では11万人以上のシリア難民が殺到、同市のトルコ人の人口10万人より多くなったという。

トルコ経由でギリシャに入った難民たちはブルガリア、マケドニア、セルビアの陸路を北上してハンガリーに入っている。ハンガリーのオルバン政権は国境を超えて殺到する難民対策の為、対セルビア国境線沿いに金網を設置中だ(「UNHCR『経済難民は送還すべし』」2015年8月7日参考)。

ところで、難民たちが目的地としている国は欧州ではドイツとスウエ―デンだ。特に、欧州一の経済大国ドイツは難民たちが夢を見るカナンの地だ。そこに到着するために人身売買業者の手助けを受け、長い陸路、山道を空腹を抱えながらひたすら歩く。その姿をドキュメンタリー映画で観たことがある(世界で現在、約6000万人が故郷から追われ、異郷の地に彷徨っている)。

難民からカナンの地と慕われているドイツでは難民の対応で頭を抱えている。ドイツのトーマス・デメジエール内相によると、同国に今年約65万人、ひょっとしたら75万人の難民が殺到すると予測されているという。メルケル政権は公式には45万人と考えていたから、実数は予想を大きく上回るわけだ。ちなみに、ドイツでは昨年17万人の難民が難民申請した。そのうち約4万人がシリア人、エリトリア1万3000人、9000人がアフガニスタン人だった。

独週刊誌シュピーゲル電子版によると、UNHCRのアントニオ・グテーレス高等弁務官は、「ドイツは殺到する難民の対応で苦慮している。他の欧州諸国は難民を受け入れるなど、ドイツの負担を公平に分担すべきだ。長期的にみて、ドイツとスウエ―デンの2カ国で殺到する難民を収容することは困難だ」と語っている。

UNHCRによると、今年に入ってこれまで約24万人の難民が欧州の海岸に到着した。グテーレス高等弁務官は、「大多数の難民は紛争から逃れるために逃げてきた難民だ。欧州は彼らを暖かく迎え、保護することが義務だ」と繰り返し強調している。

しかし、難民を迎える側の欧州の国民の間では援助一色というわけではない。ドイツのメクレンブルク=フォアポンメルン州で17日夜、何者かが難民収容ハウスに花火玉を投げるという不祥事が生じている。過激な民族主義者が難民の急増に反発、「我々のボートも一杯だ」と叫び出している。特に、大多数の難民がイスラム教徒ということもあって、「ドイツをイスラム化する」といった懸念の声が聞かれ出しているほどだ。

メルケル首相は難民対策ではほぼ沈黙している、というか、欧州の指導者としてイニシャチブを発揮するといった姿勢を示していない。①欧州共同の難民対策が必要だ、②難民に間違った希望を与えてはならない、③難民収容所襲撃などは絶対容認されない……この3点はメルケル首相が難民問題で独公営放送ZDFとのインタビューの中で答えたものだが、具体的な対策は皆無だった。
それに対し、シュピーゲル電子版は、「75万人の難民がわが国に殺到しようとしているのにメルケル首相は何も対応せず、沈黙している」と批判しているほどだ。

メルケル首相はギリシャの財政危機問題ではドイツの経済力を背景にユーロ諸国の意見を調整するなどその指導力を発揮したが、難民問題は国内に直接波及するテーマ(連邦と州の関係、予算、イスラム・フォビア、テロ問題など)が含まれているだけに、対応に苦慮しているわけだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2015年8月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。