【映画評】歌声にのった少年


紛争地パレスチナ・ガザ地区で暮らす少年ムハンマドの夢は「いつかスター歌手になって世界を変える」こと。ムハンマドは、仲良しの姉ヌール、2人の友人とバンドを結成し、お手製の楽器を手に、街中で歌っていた。だがヌールが重い病に倒れ、治療費を工面できず十分な治療を受けられないまま亡くなってしまう。数年後、ムハンマドの歌の才能を誰よりも理解し誇りに思っていたヌールのため、一度は絶望し夢をあきらめかけていたムハンマドは、「必ずスターになる」というヌールとの約束を守るために、ガザの壁を越えて、オーディション番組「アラブ・アイドル」に出場することを決意する…。

アラブ世界を代表する人気若手歌手ムハマンド・アッサーフの実話を描く「歌声にのった少年」。全米で人気のオーディション番組「アメリカン・アイドル」の中東版「アラブ・アイドル」に出場し、見事にチャンピオンになった彼の実話は、ただ歌が上手い青年が成功したという単純なサクセス・ストーリーではない。毎日を生きのびるだけで精一杯の紛争地域ガザで暮らす少年の夢は、歌声で世界を変えたいという平和へのメッセージだ。映画はフィクションも交えてはいるが、若くして亡くなった姉への思い、歌への情熱、命がけでガザを脱出しアラブ・アイドルに出場したことなどのエピソードは、どれも強い生命力を感じる。

実際、違法ビザを持って検問所を通過し、出場チケットを入手するまでは、ちょっとしたサスペンスのようで、結果が分かっているというのに、ハラハラさせられる。しかしどんなピンチでもムハンマドの道を切り開くのは、彼の勇気と“神に祝福された歌声”なのだ。ハニ・アブ・アサド監督は「パラダイス・ナウ」や「オマールの壁」などで世界的に高く評価される名匠。シリアスな過去作とは異なり、みずみずしい青春物語を時にユーモアを交えて描くこの作品には、未来への希望が託されていて、それがガザ地区の人々の願いに重なり、大きな感動を呼ぶ。アラブ圏の音楽には詳しくないが、劇中に登場する音楽は、本当に素晴らしく、映画の大きな魅力になっている。
【75点】
(原題「THE IDOL」)
(パレスチナ/ハニ・アブ・アサド監督/タウフィーク・バルホーム、ディーマ・アワウダ、アハマド・ロッホ、他)
(希望度:★★★★★)


この記事は、映画ライター渡まち子氏のブログ「映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評」2016年9月29日の記事を転載させていただきました(アイキャッチ画像は「歌声にのった少年」日本版Facebook公式ページより)。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。