政治家として心に留めている座右の銘・名言三選

こんにちは、おときた駿@ブロガー都議会議員(北区選出)です。

応援候補の勝利に終わった千代田区長選挙から一夜が明けて、高い支持率を記録した出口調査が明らかになり、各種の報道では都民ファーストの会が

「7月の都議選では、単独過半数をうかがう」
「70人超の候補者を擁立か」

などの情報が流れています。

だからと言って浮かれる気持ちはまったくなく。むしろ大きくなりつつあるこの未知なる可能性と新しい組織を、どのような方向性でまとめていくのか。自分の理念や政策の範囲内で、どこまで期待に応える成果が出せるのか…悶々と思い悩む日々です。

迷った時に立ち戻るのは、政治家を志したときの気持ちであり、それを形にしている言葉。

というわけで、私の中で座右の銘ともなっており、これまでも何度かブログに登場している「政治史における名言三選」をまとめてメモしておきます。

-自分が世間に対して捧げようとするものに比べて、現実の世の中がどんなに愚かであり、卑俗であっても、断じて挫けない人間。どんな事態に直面しても、

「デンノッホ!(それにもかかわらず!)」

と言い切る自信のある人間。そういう人間だけが政治への「天職」をもつ-
(マックス・ウェーバー)

言わずと知れた政治家として必読の書である「職業としての政治」の中に出てくる一節で、諳んじられるという議員は多いはず。すべてを捨てて政界に飛び込んできたのに、政治活動をしていれば、

「保身しか考えていない」
「立場や金が目当てなんだろう」
「○○の腰巾着だ、信念のないヤツめ!!」

などなど、有権者から心のない言葉をぶつけられ、心が折れそうになることも一度や二度ではないでしょう。「世間はわかってくれない!」と嘆くよりも、この一節をつぶやいた方が高尚で格好いいですよね?!

-政治とは、情熱と判断力の二つを駆使しながら、堅い板に力をこめてじわっじわっと穴をくり貫いていく作業である-
(マックス・ウェーバー)

同じくマックス・ウェーバーの名言です。熱狂によって迎え入れられた政治家が、変わらない現実の中で大衆から見捨てられていくことも多いでしょう。

残念ながら、一朝一夕に変わるような社会変化は多くありません。

移ろいやすい大衆心理の中で、いかに場当たり的な対応に流されず忍耐と継続性を保ち続けるか。この言葉の持つメッセージ性は、未だに全く色褪せることなくすべての指導者に刺さるものだと思います。

-政治とは妥協の産物であり、可能性のアート(芸術)である-
(オットー・フォン・ビスマルク)

先日のブログでも引用したこの言葉。ともすれば政治家が変節したときの言い訳に使われる恐れもあるけれど、厳しい欧州政治の中で理念や整合性との板挟みにあい、それでも現実的な選択を繰り返し、プロイセンの礎を築いた大宰相の言葉は非常に重いものがあります。

自分だけの理想や整合性を貫くなら、独裁者になる以外の方法はありません。民主主義社会における政治の本質を言い当てつつも、ポジティブな言葉で(可能性のアート)その未来に夢を抱かせる、至言中の至言ではないでしょうか。

そして今日、地域政党「都民ファーストの会」の二次公認が発表され、4人の仲間が新たに増えました。

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村松・尾島両区議は都知事選挙の時からの仲間であり、気脈の通じたメンバーと言えます。また伊藤ゆう・増子ひろあき前都議は、議会質問などを参考にさせていただいていた非常に能力の高い方々です。

とはいえ、我々は皆それぞれが別の文化で活動してきた方々ですから、理念や政策にズレが生じないよう、今後も密に議論を重ねて進んでいかなければなりません。

さらにここに、政治経験のない多くの新人たちが「希望の塾」から選出されてくることでしょう。政治を志す以上、それぞれに強い想いがある方ですから、彼らの意志もしっかりと統合していく必要があります。

並大抵のことではないことは承知をしていますし、下手をすれば「野合」との批判を受けることもあると思います。本日紹介した3つの格言を胸に、自分を見失わない中でベストな組織が作れるよう、現職都議団の一員として尽力していきたいと思います。

それでは、また明日。

おときた駿 プロフィール
東京都議会議員(北区選出)/北区出身 33歳
1983年生まれ。早稲田大学政治経済学部を卒業後、LVMHモエヘネシー・ルイヴィトングループで7年間のビジネス経験を経て、現在東京都議会議員一期目。ネットを中心に積極的な情報発信を行い、日本初のブロガー議員として活動中。

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