借地借家法の過保護で、アパートを借りられない矛盾

荘司 雅彦

現行の借地借家法は貸し主に厳しすぎる側面も(写真ACより:編集部より)

ネットカフェ難民の多くは、住民票を置くべき住所がないことから職に就けない、職に就けないからアパートも借りれないという悪循環に陥っているそうです。

また、独居老人なども、シッカリした保証人がいないと賃貸アパートに入れないケースが増えているそうです。高齢化が進む日本では、賃貸住宅を見つけることの出来ない高齢者が今後増えくることが予想されます。

一方、賃貸アパートやマンションを経営している側が「常に満室」で左団扇かというと、決してそうではありません。マンション供給が増えすぎたため、古いマンションやアパートには空室が目立ち、不動産経営も苦しくなっているそうです。

このように、需要も供給もあるのにそれがマッチングしない原因は、借地借家法が賃借人の地位を強くしすぎているからです。経済学的には「自由な市場」が歪められているのです。

賃借人を一度入居させてしまうと賃貸人としては簡単には退去させることができません。
入居して一度も賃料を支払わなかったとしても、賃貸人は賃借人に対して「明け渡し」を求める訴訟を提起して勝訴し、強制執行をしなければ賃借人の意思に反して退去させることはできないのです。
これは時間も費用もかかるため、不安を感じる賃借人に貸すくらいなら空室にしておいた方がマシだというのが賃貸人としての合理的判断となります。

実際、踏みたおし常習犯が世の中にはいます。
A産業という法人名で土地を借りてプレハブ社屋を建てていたのですが、地代を全く支払わなかったので勝訴確定後プレハブをユンボでとり壊すといういささか過激な事件を処理したことがあります。
何度督促しても払わないだけでなく、賃貸人(地主)が義務違反をしたと主張して裁判を長引かせられた上での強制執行でした(それでもトータルで1年強しかかかってはいませんが)。

その約1年後、工場用の建物を貸したのに賃料を払ってもらえないという会社の相談を受けたところ、何と相手はA産業。即刻提訴して、意図的な訴訟の引き伸ばしをさせず、相手が控訴しても「仮執行」で明け渡しを執行しました。

A産業の代表者としてはまさか3ヶ月で執行されるとは思っていなかったのか「泣き」を入れてきましたが、断固応じませんでした。ちなみに、その後、市役所の法律相談に数名の高齢者が「賃料不払い」の相談にやってきたので会社名を聞くと、何とA産業。差し支えない範囲で素性を知らせ、お金を取るのは難しい旨回答せざるをえませんでした。世の中には悪い奴がいるのです。

こういう常習犯は稀でしょうが、賃料不払いや近隣迷惑のトラブルは賃貸住宅では頻繁に起こっています。
賃借人が「頑として居座れば」賃貸人としては裁判等の費用だけでなく、その間他の人に貸せば得られたであろう賃料収入まで逸失利益として損をしてしまいます。

少し前、賃料を一回滞納しただけで荷物を運び出されて鍵を取り替えらたという事件がありました。
メディアは極悪非道な業者として報道し、裁判所も業者の行為を不法行為と認定しましたが、私は少し違った感想を持ちました。

居座られたら裁判と強制執行をしなければならないという(賃貸人にとって厳し過ぎる)現在の法律制度のもとでは、「一回の賃料不払い」というのは行き過ぎでも「催促をして一週間以内に支払がなかった時」には荷物を運び出して鍵を取り替えるという合意を有効にしてもいいのではないかと思ったのです。

それだけでなく、契約更新に応じるかどうかも賃貸人の意思をある程度尊重したり、近隣迷惑がひどい場合にも一定の要件のもとで強制退去を認める等々…訴訟をしなくても退去を可能にする方途をもっと認めてもいいと考えています。

ネットカフェ難民や独居老人が賃貸アパートを借りることができないのは、退去させるためのコストが高すぎるからなのです。迅速かつ安価に退去させることが可能になれば、賃貸人としても安心してアパートやマンションを多くの人たちに貸すことができます。

今の借地借家法は、一部の不届き者が存在するせいで、真面目な賃貸人と賃借人が損をしており「社会的に大きな損失」となっています。迅速かつ安価な退去制度の創設が望まれます。

すでにお気付きのように、本件は解雇規制撤廃の問題と似ていますよね。
以前書いたように、解雇規制も労働法規による労働者の過剰な保護がかえって労働者を苦しめる結果になっていました。

過剰な借家人保護が借家人の不利益になっている点では、「自由な市場」が歪められているというところで共通しているのです。

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荘司 雅彦
講談社
2006-08-08

編集部より:このブログは弁護士、荘司雅彦氏のブログ「荘司雅彦の最終弁論」2017年2月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は荘司氏のブログをご覧ください。