仕事の成果から成果につながる仕事へ

2017年04月11日 11:30

仕事の値段が世間相場として客観的に決まっているような仕事がある。単純作業の請負が代表だが、知的作業である専門職分野にも非常に多くある。この場合、仕事と成果は同じであるとみなされ、仕事に対する給与等の報酬は成果の対価になる。

こうした成果の明確な仕事に就く人のことを費用人材と名付ける。報酬の性格に明確な会計的費用性があるからである。しかし、企業のなかの仕事は、多くの場合、価格が明確ではない。こういう仕事に従事する人材は、費用人材との対比で、資産人材と名付け得る。資産という意味は、会計上の概念と同じで、報酬の基礎になる成果が時間軸上に展開して実現してくるということである。

企業で人材といえば、資産人材である。人材を資産と見做すから、人財ともいう。資産人材といえども、仕事の成果の測定が行われねばならない。成果主義といわれたものは、良くも悪くも、そうした努力の一環である。成果に報いることは、要は、成果をもとに仕事に値段をつけることにほかならない。

さて、業績との関係で成果に値段をつけることできる。しかし、成果と仕事の因果関係は明確ではないから、そこから直ちに仕事の値段をつけることはできない。実は、仕事の値段の相場が決まっているような標準化された作業でも、先に決まっているのは仕事の値段であって、その仕事の値段相応の成果がでているかどうかは別問題なのである。

故に、仕事に値段をつける人事の課題は、成果と仕事の因果関係を明確にすることに絞られてくる。そして、その検討のなかに一つの革新が生じる。即ち、成果につながる仕事という考え方である。仕事が成果につながるという「仕事先にありき」の発想から、成果につながったものを仕事として定義していく方向性への転換、いわば「成果先にありき」への転換が生じたのである。

問題は更に深い。多数の人材の多数の仕事が長短様々な時間軸の上で複雑な連鎖を経て成果につながるのだから、その連鎖を緻密に解析し、各仕事を定義し、その価格を算定することは、理論的には可能でも、明らかに実務的には不可能なのである。

しかし、不可能でいいのだ。問題なのは、分析の厳密性ではなく、働く人と企業との間の合意というか、企業側の説明の論理と働く側の納得なのだから、成果と仕事との関係に筋が通っていれば、それでいいわけである。その限り、現在の企業人事の科学的水準としては、緩やかな仕事の定義を行い、そうして定義された仕事と成果との関係に一定の経験に裏打ちされた仮説を置くことで、合理的な処遇制度の体系ができているということだと思われる。

最後に、究極の問題が露呈する。仕事の定義を成果につながるものに純化すれば、定義上、仕事をしていない人がいる可能性がでてしまうのだ。しかも、そうした人は多そうなのである。

 

森本紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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