安倍首相の憲法改正提言を世界史的視野で読む

2017年05月06日 11:30

首相官邸サイトより(編集部)

安倍首相が「憲法の日」に読売新聞で行った発言を「第9条改正提言」というのは、見当外れである。

自衛隊はすでに何十年も存在するのであるから、第9条の第1項と第2項を残した上で現状を追認するかたちで第3項を加えても何も変わらない。集団的自衛権もすでに昨年の安保法制で立法化しているのだからなおさらだ。

憲法については、すでに公明党が護憲でも改憲でもない加憲というコンセプトを出して選択肢の一つとして定着している。

私も「日本の国と憲法 第三の選択」(同朋舎2000年)という本をかつて刊行して、もうひとつの前文で憲法典の一部となる「平成憲法宣言」を出した。そこで、明治憲法と現行憲法の位置づけを現代的に再定義し、あわせ、趣旨が不明確だったり実情に合わない部分の解釈と運用について定めてはどうかという提案をしているのだが、これも、「加憲」提案の一形態だと受け取られてきた。

それでは、「加憲」というのは普遍的な定義として何かといえば、現行憲法の合法性について日本国民が制定過程はともかく、現時点の問題として再確認し、また、根本的な変更は先送りにするが、不都合な点は現実的な整合性をとり、また、少し環境権とか教育の問題など新しいコンセプトも追加しようというものだ。

そこで問題になるのが何かと言えば、憲法第9条の第1項と第2項を修正するのかどうかということと、前文をどうするかということだ。

もし、これを変更するとすれば、そもそも第9条が間違っていたという位置づけになるし、第三項を加えるだけだったら、想定外の状況が起きたので、補足するだけという位置づけになって大違いなのである。

私が上記の本や「誤解だらけの平和国家・日本」 (イースト新書2015年)、さらには、「世界と日本がわかる 最強の世界史」 (扶桑社新書2016年)、「日本と世界がわかる 最強の日本史」 (扶桑社新書2017年)で主張してきたのは、憲法第9条というのはマッカーサーが、アメリカの核独占がつづき、中国は国民党政権で、沖縄はアメリカ施政権下にあり続けることを前提としていたということだ。それならば、非武装でもやっていけなくもなかった。

しかし、ソ連が核武装し、中国が共産政権になり、沖縄が本土復帰した以上はその前提は崩れているのである。それならば、その現実に合致させる軌道修正は必要だった。

それが、サンフランシスコ体制での自衛隊の存在や日米安保条約と憲法第9条の三位一体での憲法秩序であり、安保改定、沖縄返還、日中国交回復などによって変容が加えられた現在の防衛体制なのである。

従って、今回の安倍提案は、第9条については、戦後体制の追認なのであるから、ことさらに反対する理由もない。

一方、本当の問題は前文をどうするかということだと思う。

現在の憲法について改憲勢力が言い続けていたのは、それが押しつけ憲法であるということだ。ただし、改憲派でも石原慎太郎元都知事のような無効論はそれはそれなりに筋が通っているだが、現実に改憲派が主張しているのは現行憲法の規定に則った改正に過ぎない。

つまり、それは現行憲法の合法性が前提になっているのであるのであるから、もともと矛盾に満ちた立場なのだが、安倍提案による憲法改正をする場合には、前文をどう変更するかという書き方がまさに焦点であるし、それは、公明党や民主党のかなりの部分がこれを受け入れることができるかどうかという焦点でもあると思う。

私はこの点については、現行憲法が宮沢俊義が提唱して憲法学界では一定の支持を得ているが、政府によって肯定されたことのない「八月革命説」によらないことを明確にすればよいことだと思う。

つまり、現行憲法は、

①大日本国憲法の合法的な手続きによって成立したものであって、

②昭和天皇が曲解されて「人間宣言」と呼ばれている昭和21年の年頭勅語において語られたように、日本の民主主義が五箇条のご誓文に出発したものであり、19世紀にあって極めて先進的だった大日本国憲法の延長線上にあることを明確化したうえで、

③現行憲法の制定過程の是非についてはふれない一方、

④現行憲法の戦後日本において果たした意義を前向きに受け止め、

⑤さらに、21世紀において日本国家がめざすものがなんであるかを宣言すれば良いのである。

そういう意味で、前文を自民党の保守派と公明党や民進党の良識派がいずれも納得できるものにするかどうかにかかっていると思う。

また、それに加えて、本来なら、日本維新の会がこれまで主張してきたことと整合性をとるためには、教育だけでなく、統治機構の部分について、改革が迅速に行えるように、若干の改正を盛り込めるのか、また、民進党にも自民党にもあるように、地方制度の改正を少し盛り込めるかなども課題であろう。

私は道州制とか憲法裁判所の設置というのは、是非、実現すべきだと思うが、安倍首相の提案するスケジュールでは難しいと思う。ひとつの考え方としては、そのあたりは、方向性だけは、憲法前文の内容や国会での付帯決議で行って、数年内に結論を出すというコンセンサスを成立させるのも一考かと思う。

安倍首相のこれまでの政治姿勢を見ていると、憲法改正が悲願であり続けることはいうまでもない。それも、総裁選挙時に語られたように、戦後レジームの精算という哲学もあった。

そして、かなり強引に実現を図った安保法制の議論の過程で、ほぼ絶滅したかと思われた第9条教条主義が再び台頭した一方、あの法律が成立したことで、無理に憲法を改正する必要がなくなったのも事実だ。

一方、安倍外交の成功で、アメリカ同盟国のリーダーとしての安倍首相の立ち位置は、オバマ前大統領のようなリベラルな立場からしてもポジティブなものとして評価が確立している。

最近、行われた世界6カ国の調査でも、二年目にはほとんど無名に近かった首相の名がもっとも知られた日本人としてあげられるようになったのは、驚異的な成功である。

また、いわゆる自民党草案のような内容では、公明党などが賛成できないし、国民投票で勝てるはずもないということへの自覚もあったと思う。

そこへ、サプライズとして、非常に反対しにくい現実的な内容での改正提案が出てきたのだと思う。

政治的には、二重国籍問題を引きずったままの蓮舫を代表にした民進党が、日本の政治地図から消えようとしてる。

東京都知事選挙で、小池新党が極端に勝ってしまうと、政局は不安定性をますが、民進党の摺り寄りを排して自民党と東京で並び立つことに留まる限りは、ばりばりのタカ派である小池知事の存在が憲法改正に好都合であることはいうまでもない。

あとは、キャスティングボードを握る形になる公明党や維新が、新しい前文の書き方や、今後の統治機構改善についての改正の方向性について、明治体制と戦後体制のバランスyの良い評価や前向きなトーンをどこまで盛り込めるかにかかっていると思うし、それは世界史における近代日本の位置づけを明確にし、胸を張って中韓朝に対峙できる基盤を創る基礎でもある。。

また、民進党も浅はかな極左化などせずに、国民の民進党のいうことがバランスが取れていると評価できるような土俵にもっていけるかどうかだ。

イギリスの労働党はコービンを党首にかついで総選挙で歴史的惨敗が不可避である。フランスの社会党も大統領戦の第一回投票でアモン候補が惨敗した一方、離党したマクロン候補は保守サイドの何人もの候補者をなぎ倒して勝利しそうである。あれだけ評判の悪いオランド政権の閣僚が大統領になるなど1年前には想像できないことだった。

民進党にとってもチャンスはないはずはないのに、内容はどうであれ、安倍内閣に夜ものである以上は、いかなる憲法改正に反対だというのでは、改正審議が丁寧に行われなくても文句言えない。むしろ、内容によっては反対とは限らないのだが、ということで条件闘争したほうが賢いのではないかと思う。

 

 

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八幡 和郎
評論家、歴史作家、徳島文理大学大学院教授

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