日本の政治;喜劇か悲劇か?

2017年05月22日 11:30

米国の政治は、トランプ大統領の弾劾騒動にまで発展し、目が離せないが、日本の政治は、腹立たしいし、ある意味では滑稽だ。獣医学部の新設を巡って、どうでもいいようなことで(優先度の高いことはたくさんあるはずだが)、国会での時間が費やされている。忖度やご意向などで責任を問われてはたまったものではないと思うのだが。指示したという証明がない限り、水掛け論だし、もっと大事なことがあるだろう。

1週間に2発のミサイルが日本海に向けて飛ばされているのに危機感がほとんどないのはなぜなのか?トランプ政権は、北朝鮮攻撃に対して弱気な発言に変わってきたが、予測不能であるので備えが不可欠だ。また、テロ法案に賛成した日本維新の党を「与党か」と批判していた人がいたが、「野党は与党に常に反対しなければないのか」と逆に違和感を覚えた。国や国民をどう守るのか、基本的なスタンスが欠落している。

また、相変わらず、安倍政権の元では憲法を変えさせないと、理解不能な発言を繰り返している国会議員がいるが、憲法には改正の条項があるのだから、「個人的な好き嫌いで憲法を変えさせない」と言うのは、憲法の精神に反しているはずだ。議論をして、最終的な判断を国民に委ねるように謳われているのだから、議論をしないというなら、それだけで、国会議員の資格がないと思う。議論を国民に示すのが国会議員の責任ではないのか。

そして、獣医学部の件で総理を批判していた民進党議員が、獣医学部新設反対の獣医師連盟から政治献金を受けていたり(発言の中立性が疑われる)、他の民進党議員が、かつて、獣医学部の新設を認めるように国会で発言していたなど、見事なブーメランだ。政治家の仕事は、国民の意見を聞いて、それを政治に生かすことだから、賄賂が絡まない限り、口利き自体が悪いことでも何でもないはずだ。

米国ではロビー活動と言われているが、国民や団体が自分たちが必要としていることを政治に求め、それらの求められたものの中で優先度を決めて政策や予算に反映させていくのが、政治の役割だ。獣医学部の新設が、国民にとって、特に中四国地方の住民に利益になるならば、それを進めることに何が問題なのかよくわからない。ペットが増えてきていることや地域的な偏在があるなら、それに対応するのも政治の責任だ。揚げ足取りのようなチマチマしたやりとりは止めて欲しいものだ。

そして、がんの研者として、看過しがたい発言が自民党議員から飛び出した。「(がん患者は)働かなければいいんだよ」とヤジを飛ばした馬鹿がいたようだ。許しがたい発言だ。飲食店での禁煙対策を巡っての自民党部会での三原じゅん子議員の発言に対して、上記のヤジを飛ばしたのだ。がんサバイバーである三原議員が、喫煙が許されている職場で働くがん患者の不安を訴えていた中での発言であった。「Mr.サンデー」を見ていたが、あまりにも科学的な常識に欠けている。子供や孫が受動喫煙していることを平然と言ったり、受動喫煙容認派と本音を漏らすなど、あきれかえるしかない。

テレビでは、議員側からのファックス4枚が画面に映し出されていた。当初は、「このような発言をしていない」と否定していたが、音声データが残っていることがわかると、一転して、発言を認め、見苦しい言い訳をしていた。多くのがん患者とその家族は、きっと自民党に失望しただろう。身内の場での議論の録音データを流すこと自体には引っ掛かりがあるが、「がん患者が働ける環境つくり」を政府の方針にしている中でのこの発言はあまりにも残念だ。

まるで、レベルの低い喜劇のような悲劇だ。


編集部より:この記事は、シカゴ大学医学部内科教授・外科教授、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のシカゴ便り」2017年5月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。

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中村 祐輔
シカゴ大学医学部 内科教授、外科教授

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