期末雑感②「世界一”可愛いい”先生」

春季学期はジャーナリズム学部の選択科目「現代メディアテーマ研究」と、全校を対象にした「中日文化コミュニケーション」の二科目を担当した。後者の授業では、日本が好きだ、日本に関心があるという多くの若者に囲まれ、日中文化の歴史的なつながりや相違などについて語り合った。定員枠は30人に抑えたが、毎回欠かさず出席する傍聴性が何人もいた。最後、全員にアンケートをとったところ、「もっと日本語を話してほしい」というリクエストまであった。学部も多種多様だったが、専攻にはまったく関係なく交流ができた。

中国文学専攻の1年生女子は最後の授業で、漢族の伝統衣装である漢服を着て現れた。授業では、日本の女子高生制服とロリータファッション、そして中国の若者の間で静かなブームを呼んでいる漢服との比較をしてくれた。授業後、彼女は私のところに来て、記念撮影をし、そして手作りの官服の折り紙をプレゼントしてくれた。

「宝剣鋒自磨砺出 梅花香自苦寒来」と書いてある。剣は磨かれることによって鋭くなり、梅の花は寒さの中で香を放つ。困難や苦労があるからこそ、尊い実りがあるとの処世訓だ。おそらく彼女が自分に言い聞かせている言葉なのだろう。その気持ちがありがたかった。

授業が終わって校舎を出ようとすると、工学部2年の男子学生が追いかけてきて、「忘れられない授業でした。先生、抱擁してもいいですか」と言ってきた。中国でも親愛の情を示す場合、抱擁することがある。私たちはみんなの見ている前で、しっかり抱き合った。彼の目から涙があふれそうだった。おとなしい男子学生だったが、一度、専門知識を生かし、パソコンソフトの不具合を直してくれたことがあった。

商学部の女子学生は終業直後、仲間のグループチャットに私のことを書いた。それを知り合いの学生が見つけ、転送してくれた。彼女は同じ商学部の学生と一緒に私の授業をとり、課題研究では、日中の居酒屋文化を比較した。中国にはない日本の居酒屋の特色について、「地元の人が集まり、店の主人と雑談をしながら、親密な雰囲気を楽しむ場」と紹介した。何度も日本に行っているという。彼女の書き込みは以下の内容だ。

「十数年の日本ファンだが、日本人の先生の授業は初めてだった。耐心(辛抱)、熱愛(情熱)、用心(真剣)、これが加藤先生の身の上から発せられた光だ。中国語は特別に流暢というわけではないが、とても熱心に私たちを指導し、毎回、私たち一人一人がする発表をまじめに覚えていてくれた」

両科目とも最後に学生のギターに合わせ、キロロの「未来へ」を歌った。

ジャーナリズム学部の選択授業では、ふだんから親しいだけに、いろいろな反応があった。携帯のチャットで話題になったのが、広告専攻の女子学生が送った次のひと言だった。

中国語の「可愛」は、日本語の「かわいい」とは異なり、「愛すべき」といったニュアンスになる。私にとっても、みな我が子のように愛すべき学生たちだ。

6月21日は1939年、日本軍が汕頭を空爆し、占領した記念日だった。瀋陽でも、南京でも歴史を記憶するため同様の記念日がある。日中、学内では防空サイレンが鳴り続けた。これもまた打ち消すことのできない歴史の傷跡である。私は教師のグループチャットに「黙哀(黙祷)」とだけ書き込んだ。いろいろな声に囲まれながら暮らしている。

来週、卒業式を終え、いよいよ長い夏休みに入る。私にとっては、秋季学期に向け、日本でしっかりと準備をするための勉強期間となる。


編集部より:この記事は、汕頭大学新聞学院教授・加藤隆則氏(元読売新聞中国総局長)のブログ「独立記者の挑戦 中国でメディアを語る」2017年6月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、加藤氏のブログをご覧ください。