医療の発達によって生まれた「新しい障害児」とは?

駒崎 弘樹

フローレンスでは、障害児保育園ヘレン、障害児訪問保育アニーを運営し、障害や疾患などが理由で、認可保育所等での集団保育ができないお子さんを保育しています。

お預かりの対象となるのは、障害や疾患、そして医療的ケアのあるお子さん(医療的ケア児)です。

このうち、障害や疾患についてはイメージがわくけれど、「医療的ケア」という言葉は、いまいちピンと来ないという方も、まだまだ多いのではないでしょうか。

医療的ケア児と、その家族を取り巻く社会の環境には、いまだ多くの問題がありますが、そもそも、医療的ケアというものがどういったものかよく知られていない。

そんな課題を解決するために、今回、「医療的ケア児と、その問題とは?」ということが1分でわかる動画を作成しました。

医療的ケア児という言葉を聞いたことがない方でも理解しやすい内容になっていると思います。ぜひご覧ください。

動画の内容を、少し補足します。

医療的ケア児って、どんな子ども?

医療的ケア児とはその通り、医療的ケアを必要とする子どものこと。ではその医療的ケアとはなんでしょうか。

具体的な医療的ケアの例としては、以下のようなものが挙げられます。

(1)経管栄養:食事のためのチューブを胃に通す

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嚥下(飲み込む)機能の障害などにより、口から食べ物を食べられない場合に、お腹に穴を開けたり、鼻からチューブを通すなどして、胃に直接食事(栄養剤等)を入れる処置です。

(2)気管切開:呼吸のための器具を喉に取り付ける

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疾患などが原因で口や鼻がふさがってしまう症状がある場合、喉に穴を開け、カニューレ(通気の管)を通して空気の通り道を確保する処置です。

この他にも、様々なケアの種類がありますが、共通しているのは、何らかの医療デバイスによって身体の機能を補っている状態であるということです。

先日総務大臣に就任した野田聖子議員のお子さんも同じように医療的ケア児で、かつて障害児保育園ヘレンに通っていました。

医療的ケア児が生まれる割合は高まっている。なぜ?

こういった医療的ケアを必要とする子どもは、2015年の時点で、全国で約1万7千人。
この数は増加傾向にあり、10年前と比べると約2倍になっています。

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一方で、先日「出生数が100万人を割り込んだ」ことがニュースになったように、生まれる子どもの数は毎年減り続けています。

生まれる子どもが減っている一方で、医療的ケア児は増えている。このことは、生まれる子どもにおける医療的ケア児の割合が増えているということを意味します。

これはなぜでしょうか? その理由は、日本の新生児医療技術の向上にあります。

医療技術が向上したことで、出生時に疾患や障害があり、これまでであれば命を落としていた赤ちゃんを救うことができるようになりました。

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その医療処置の結果として、生きるために医療的デバイスを必要とする子ども、すなわち医療的ケア児が増えてきているのです。

医療的ケア児は「新しいカテゴリー」の障害児

医療技術の向上等を背景として新たに生まれるようになった医療的ケア児は、過去にはない障害のカテゴリーです。

もともと日本における障害児の分類は「大島分類」というものが使われており、身体をコントロールする力(座位がとれる、立てる等)と、知的能力(IQ)がどの程度あるかという2つの軸によって、障害レベルが判定されていました。

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大島分類の図。この図の1, 2, 3, 4に当てはまる場合、「重症心身障害児」という重い障害の分類とされる。

この分類により、子どもの障害の程度が決められ、それに応じた行政の支援を受けられる、というのが現在の障害児者支援の制度です。

しかしこの大島分類は約45年前に作られたもので、新しい存在である医療的ケアは考慮されていません

例えば、知的な遅れがなく、自分で歩くこともできるが、経管栄養のチューブがついている医療的ケア児は、この分類では障害がないということになってしまいます。

このように医療的ケア児は、既存の障害児者支援の法制度の枠組みに入ることができず、国や自治体の支援を受けることができなかったのです。

保育・療育を受けられない医療的ケア児とその家族

では具体的に医療的ケア児とその家族に降りかかる問題とは何でしょうか。

多くの場合、医療的ケア児は普通の認可保育所には通えません。なぜなら、食事を胃に注入したり、呼吸器に酸素を送ったりといった医療的ケアを行う担当が保育所にいないからです。

そのため、親が仕事を辞め、24時間子どもにつきっきりにならざるを得ないというケースが非常に多くなっています。

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親が就労できないことは、経済的な困窮につながり、また身体的・精神的な負担の大きさから、両親の離婚など、家庭環境が悪化するケースも少なくありません。

また、障害のある子どもの発達を促す療育についても、医療的ケア児の場合、施設に看護師など医療従事者が必要となり、受け入れが難しくなってしまいます。

保育園にも、療育施設にも通うことが難しい。医療的ケア児は、法制度のセーフティネットからこぼれ落ちた存在だったのです。

障害者総合支援法改正と、これからの課題

この問題に対して、長らく国は何もしてきませんでしたが、心ある超党派の議員連盟の方々の尽力によって、課題解決のための大きな一歩が実現しました。

2016年に障害者総合支援法が改正され、法律に「医療的ケア児」という文言が明記されたのです。

この法改正により、医療的ケア児を支援することが、自治体の努力義務になりました。これまで法律上「いなかった」存在である医療的ケア児とその家族に、支援の手が差し伸べられることになったのです。

しかし、この法改正を経てもなお、医療的ケア児支援はまだ十分でなく、その受け入れ先は少ないというのが現状です。なぜなら、看護師などのサポートが必要となる医療的ケア児を預かることに対して、報酬単価(補助金)が低いままだからです。

自治体が努力義務として医療的ケア児の支援を進めようとしても、事業者が赤字ばかりで事業を続けられなければ、受け入れは広がっていきません。

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知ることから始めよう。社会は変えられる

実は、この問題を解決するための重要な制度変更が近づいています。
児童発達支援事業という、障害児の療育等で使われる制度の報酬単価の改定が、来年4月に予定されているのです。

医療的ケア児を預かる報酬単価がアップすれば、より多くの場所で医療的ケア児の保育・療育ができるようになります。

この報酬単価の改定を実現するためには、その必要性が社会に広く認識されていることが重要です。ぜひ皆さんも、この問題を、知ることから始めましょう。

問題を知る人が増え、世論が高まることで、法制度が変わり、社会も変わっていきます。

社会を変えることは、必ずしも難しいことではないのですから。


編集部より:この記事は、認定NPO法人フローレンス代表理事、駒崎弘樹氏のヤフー個人ブログ 2017年8月24日の投稿を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。