リスクに盲目な日本のトレランブーム(後編) --- 昆 正和

2017年09月30日 06:00

>>>前編はこちら

もともとトレランと登山は、動機や目的、活動スタイルが180度異なるのである。

トレランの目的は、ハードかつリスキーな要素を取り込むことによって、通常のランニングよりも高い達成感を得ることである。これに加え、スピードとタイムを更新することでゲーム的な面白さも味わえる。前回は3時間で走ったが今回は2時間30分だったという具合に。彼らにとって、登山道とは自分に負荷をかけるためのツール(手段)以上のものではない。

一方登山する人の目的はより多種多様である。近郊の低山に限って言えば、たとえばのんびり登ってリフレッシュしたい、可憐な草花や風景の写真を撮りたい、家族とよい思い出を作りたい、より高い山に登るための基礎トレーニングをしたいなどなど。いずれにせよ登山やハイキングでは、転倒や滑落の危険を避けるために、ゆっくりと安全に歩くことを心がけるのである。

このように目的やスタイルの相反するアクティビティが、1本の登山道を共有しているのだから、そこで何が起こり得るかは推して知るべしだ。私が前に述べたようなリスクが想定されるのは、あまりに当たり前の事実ではないか。

この現状はランナー個人のマナーやモラルなどという生やさしい言葉で片づけられる問題ではない。明らかにトレランブームが作りだした、いわば「構造的リスク」であり、予防的なリスク対策が求められるのである。

この責任は日本の山を取り巻く地理的・人的な事情を無視して無批判的にトレランブームを膨張させてきたトレラン系の出版社やウェブサイト、大会主催者、地方自治体にあると言ってよい。日本の山域の実情を考慮すれば、とくにトレラン系の雑誌などは安易にポジティブな情報だけを流し続けるわけにはいかない側面を持っているはずだ。

登山系の雑誌の場合、山登りで想定される多種多様なリスクやその回避術について、多くの専門家の意見や検証材料をもとに、こと細かにていねいに解説している。一方トレラン系の雑誌は、残念ながらトレラン走者と登山者との接点で最も現実的に起こり得るリスクについてはほとんど取り上げない。せいぜい「登山者に迷惑をかけないようにマナーを守りましょう。あいさつをしましょう」ぐらいのものだ。これは不思議なことだ。見て見ぬふりをしているとしか思えない。編集者たちは登山とトレランがこのまま末長く、仲良く共存できるとでも思っているのだろうか。

もし本当に、トレランを国民的スポーツとして定着させたいのであれば、リスク回避のために早急にトレラン専用の練習コースを整備すべきである。それ以外の、多くの一般登山者が頻繁に入山する山域や登山道はトレラン禁止としてもらいたい。

関東圏の場合、どんな場所が考えられるだろうか。例えば中央本線沿線や奥武蔵の低山域がトレラン用専用コースの候補として考えられるだろう。これらの山域には、過疎化や自治体の予算不足で整備されずに荒れ放題となった、ほとんど人の通らない登山道(廃道)が無数に伸びている。そんなコースをつなぎあわせてトレランのコースとしたらよかろう。なにもわざわざ最も人気のある山や一般コースを選んで、家族連れや高齢のハイカーたちがのんびり歩いている脇を疾走し、危険な目に遭わせたりひんしゅくを買うようなことをしなくてもよいではないか。

ブームだからと言ってこの種のリスクを放置し続ければ、いずれ必ず登山者やハイカーがランナーの巻き添えとなる事故が起こるだろう。登山道も草花が踏み荒らされて、山は確実に荒れていく。そうしたことが顕在化し、問題化した時、トレラン誌やポータルサイト、トレラン大会の主催団体はどう責任をとるのだろう。事故は個人同士の運の良し悪しと責任の問題、山が荒れるのは自然の成り行きに過ぎないとして、涼しい顔で済ませるつもりだろうか。

もういい加減、「ブームだから、愛好者が増えているから良いことなのだ」「もっとトレランを普及させるにはどうするか」といったイケイケドンドン的な姿勢から卒業しなければならないと思う。より自国の自然や文化、環境を中心に据えた考え方で、そしてリスクへの対処を先取りする形でトレランブームのあり方を見直す時に来ているのではないだろうか。今のトレランを推進する当事者たちは、あまりに危機意識が欠如しているとしか思えない。

事故が起こってからでは遅い。これを肝に銘じるべきである。


昆 正和(こんまさかず) BCP/BCM策定支援アドバイザー
東京都立大学(現首都大学東京)経済学部卒。9・11テロでBCPという危機管理手法が機能した事例に興味を持ち、以来BCPや事業継続マネジメントに関する調査・研究、策定指導・講演を行っている。

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