「さん」か「くん」か「ちゃん」かという問題 「さん」付け、敬語最強論

2018年02月07日 18:00

左翼だが、三島由紀夫に憧れるボーイの私の趣味は、肉体改造、文体改造だ。ベンチプレス90キロあげちゃったぞ。

それはそうと、盟友中川淳一郎が良いことを書いていた。プレジデント・オンラインの記事に激しく胸を打たれた。考えさせられた。

自信のない人ほど”年下”を呼び捨てにする 「敬語」「さん付け」で損はしない:PRESIDENT Online – プレジデント 

普段は「うんこくってろ」などと暴言を吐く彼だが、その奥底にある優しさ、謙虚さが伝わる文章である。いや、別に事務的で、合理的な理由からも(別に優しさや謙虚な姿勢とは関係なく)、「敬語」「さん付け」は損しないのだけど。

私も基本、さん付けだ。まあ、よっぽど親しい関係や、対立している人は別だが。年下の人も含めてそうだ。もっと言うと、ウチは家族の会話もさん付けだ。もともとの肉親で存命の、母、弟とはすべて敬語で会話する。メールなどもそうだ。妻に対してはそこまでではないが、敬語率が高い。

また、このように文章で公人について書く際は呼び捨てにしたりもする。以前、安室奈美恵の記事が炎上した際には「お前に、安室奈美恵と呼び捨てにする資格はない!何様だ!」と絡まれたことがあるが、いやいや、批評を読んだことないんだろうか。さらには「なぜ、ちゃん付けにしないのか!」とも絡まれたのだが。40すぎた方に、ファンでもないのに、ちゃん付けにするのはどうかと思うのだが。あ、私も矢沢永吉は「永ちゃん」と呼んでいる。ブーメランだ。いや、要するにこれはファンとそれ以外で違うという話だし、文章の性質によるわけだ。

ここでは、中川のエントリーにあいのりして、「くん」付け問題について考えてみたい。昔の同級生(特に女子)、親しい友人、年上の人から「くん」と呼ばれても何の違和感も不快感もない。ただ、自分が呼ばれるかどうかはともかく、仕事で関係している人を「くん」呼ばわりする文化について、私はずっと違和感を抱いているのだ。

特に同世代で、接点があって、ちょっと売れている人を「くん」呼ばわりする人を私は疑うことにしている。物書き業界やベンチャー界隈に多い。そういう人に限って、実は親しくもないし、いつの間にか、格もだいぶ開いていたりするんだ。

「チキ君、最近、頑張っているよね」
「速水君、最近、ラジオやってるよね」
「津田君は、最近、芸術祭の監督するらしいね」

「乙武君、最近どうしてるのかな」
「古市君、ちゃんと社会学を勉強してほしい」
みたいな「君」よばわりがあるが、たいてい本当は親しくないし、名刺交換やご挨拶したレベルだし、さらには「最近」というけれど、ずっと会ってもいなければ、連絡もとっていなかったりする。SNSや異業種交流会などの気持ち悪い側面でもあるが、「○○とつながっているぞアピール」というのは痛いと思うのだ。自戒を込めて言うならば。いや、まさにそういう時期もあったのだけど。この「親しくなくて、いつの間にか悟空とクリリンほども差がついたのに君付けで呼ぶ問題」と近いのが、name dropper問題だ。やたらとつながりをアピールしたり、人を紹介したがる人だ。これも自戒を込めて。人に人を紹介するというのは、危険だったりもする。紹介は気をつけないとトラブルのもとになる。名前をやたらと出すのもよくない。

というわけで、人との付き合いは、適度な距離が必要なのだ。リスペクトと。あとは、孤独というか、家族と親しい仲間が数人いればそれでいいという覚悟と。ますます人付き合いが悪くなっているが、今が一番幸せ。

ちなみに、家ではバニラちゃんと呼ばれている。由来は内緒だ。ブーメランだ。

最新作ではそんな処世術のアドバイスをいっぱい書いているので、ぜひ手にとってほしい。
06
パパの本、よろしくね。


編集部より:この記事は常見陽平氏のブログ「陽平ドットコム~試みの水平線~」2018年2月7日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。

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常見 陽平
千葉商科大学国際教養学部専任講師

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