「イラン(核合意)は今、集中治療室」

長谷川 良

独週刊誌シュピーゲル(電子版)を開いたら、ドイツ通信(DPA)配信の写真が目に飛び込んできた。トランプ米大統領のイラン核合意離脱表明(5月8日)を受け、その対応を協議するために欧州連合(EU)の本部ブリュッセルに集まった関係国の外相たちの記念写真だ。

米国のイラン核合意離脱後の対応を協議する5カ国代表(欧州委員会公式サイトから、2018年5月15日)

左からEUのフェデリカ・モゲリーニ外務・安全保障政策上級代表、イランのモハンマド・ ジャヴァード・ザリフ外相、ジャン=イヴ・ル・ドリアン仏 外相、ハイコ・マース独外相、そしてボリス・ジョンソン英外相の面々だ。

核協議はイランと米英仏中露の国連安保理常任理事国に独が参加してウィーンで協議が続けられてきた。そして2015年7月、イランと6カ国は包括的共同行動計画(JCPOA)で合意が実現した経緯がある。

15日にブリュッセルに集まった外相たちはEU上級代表に独英仏とイランの4カ国外相だ。その中で3年前の核合意の交渉の場に居合わせた外相はモゲリーニEU外務上級代表とザリフ外相の2人だけで、後の3外相はいずれも新顔だ。つまり、ウィ―ンで繰り広げられた外交協議のテーブルにはいなかった面々だ。

前書きはこれまでとして、15日ブリュッセルで開催されたイラン核合意関係国外相会議の成果をまとめる。テーマは明確だ。米国抜きで2015年7月の核合意は如何に存続できるかだ。

モゲリーニ上級代表は、「非常に生産的な会合だった。EUは核合意の堅持で結束している」と話し、イランのザリフ外相は、「われわれは正しい方向に向かって動いている」と述べ、3年前の核交渉を体験した両者は外交交渉の成果の核合意の堅持で一致したと強調した。

イラン核協議に外交デビューしたマース独外相は、「イラン核合意は欧州の安全に直接関係する問題だ。核合意がなければ、欧州の安全は一層不安となる」と警告し、「米国の核合意離脱で生じる経済的ダメージをどのようにして補填するかをイラン側と話し合わなければならない」と指摘している。

具体的な対応は2点だ。①EUはイランに重要な原油輸出が今後も可能となるような対応を取らなければならない。さもなければ、イラン経済は破綻してしまう、②イランが国際支払い取引から排除されることを阻止しなければならない。米国はイラン中央銀行のヴァリオラ・セイフ頭取をテロリストと断言し、イランとの如何なるビジネスも処罰する考えだからだ。

シュピーゲル誌によると、EU委員会が目下考えている対策は、1996年の米国の対キューバ、イラン、リビア経済制裁時に導入した防衛法 の再活用だ。米国の反トラスト法の外国への域外適用を遮断する、米国以外の国の国内規則、ブロッキング・スタチュート(Blocking Statute)だ。欧州企業を米国の制裁から保護する手段だ。

一方、イラン側がEU側に要求している内容は「保証」だ。イランの最高指導者ハメネイ師は、「欧州が我々が要求する保証を与えることができない場合、今のままの状況を継続できない」と警告している。ちなみに、この発言はEU向けというより、ロハニ大統領ら現政権関係者への警告と受け取られている。

なお、イランのアラグチ外務次官は13日、欧州との協議は「45日から2カ月」で打ち切る意向を表明している。

核合意によると、関係国(米国)が国連安保理に合意離脱を通告した場合、30日後には核合意前に施行されてきた全ての対イラン制裁は自動的に再履行される。他の常任理事国もそれに対し拒否権を行使して阻止することができない。

写真の話に戻る。5人の外相の面々を見ていると、写真には登場していないトランプ米大統領の顔が浮かんできた。「トランプ氏は今、何を考えているのだろうか」。

シュピーゲル誌のクリストフ・シュルツ記者は、「われわれの親戚(イランと核合意)は今、集中治療室(ICU)にいる」と語ったモゲリーニ上級代表の発言に言及しながら、「(ブリュッセルでの緊急外相会議後も)患者は生死の境を彷徨っている」と書いている。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年5月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。