「さよなら、おっさん」はもう古い。ITは今や重厚長大産業だ

2018年06月29日 06:01

NewsPicksの日経新聞広告より:編集部

アゴラと並んで僕が毎日記事をチェックしているのが「意識高い系男子が集結する」News Picks だ。半年前から有料会員として多くの興味深い記事を読み、仕事や人生の糧としているメディアだ。News Picks の主催イベントを通じて夏野剛さんとか落合洋一さんと知り合うこともできてお仕事もしている。

そのNews Picks が今、「さよなら、おっさん社会」という特集記事を組んでいる。

日大アメフト部の危険タックル問題、財務省次官のセクハラ問題 ……etc.「日本型タテ社会の構造」が引き起こした問題が 続々と表面化している。これら問題の根幹は権力を握る者、意思決定層が “おっさん“により独占されており、おっさんのおっさんによるおっさんのための社会が作られているからではないかーー。NewsPicksは「脱・おっさん社会」を導くため、今、訂正を余儀なくされている日本型タテ社会の問題について考察してゆく。

まずこのオッサンディスりは概ね正しい。日本の社会・会社が硬直化しているのはオッサン文化が浸透しているからだ。【完全図解】「おっさん社会」を打破する5つの方法。というイラストでわかりやすく解説してくれている。

おっさんをディスるのは確かにたやすい。新卒一括採用・終身雇用のぬるま湯に浸かって、現状維持思考で変革を好まないものが多い、過去の成功体験を振りかざす、序列意識が高く自己保身的、よそ者や異質な存在・外部にものに非礼、そういう人間がおおいのは事実だ。

なるほど。で、じゃあゴールはなんだ。脱おっさんの先には何かあるんだ。そこでは5つの処方箋が示される、(1)ESGで投資家がプレッシャーをかける、(2)高度プロフェッショナル人材による人材の流動化、(3)優秀な人材がベンチャーに行くことで危機感を換気する、(4)企業情報の透明化、(5)おっさんの既得権益を守る。

うんーんどうだろう、「おっさん社会をサヨナラさせるには」少し弱い。戦略ではなく戦術とすら言えないKPIの立たないスローガンだ、手段としてもいまひとつだ。硬直的な企業文化を打つ破るのはいいが、壊した後の変革へのビジョンが示されなければいけない。

はあちゅうさんや谷口真由美さんがおっさん社会をディスるがコメンテーターとしてはいいが、ではそれを壊した先の日本の繁栄モデルを示してくれないと、単なるおっさんいじめだ。ある種のセクシャルハラスメントだ。

私が、この論調に違和感に3つの違和感を覚える。まず「日本型タテ社会の構造」というが日本社会はタテ社会というのは一面的なものの味方である。日本社会はむしろ丸社会なのだ。安倍首相が頂点に君臨してやりたいことをやりまくるという世界ではない。ピラミッドの頂点の人間が経営判断を独裁的に行う企業は稀で、むしろミドルの課長補佐がコンセンサスを形成して、それを上に上げて手打ちをする。社長が特に英断を下すのはむしろ欧米企業だ。だからタテ社会ではない。

しかも、この丸社会。空気のようにコンセンサスが共有されていく、丸社会の世界は何も戦後の会社主義で始まったことではない。弥生時代からずっとそうだったのだ。みんなで寄り集まって農耕を営む時に、村おさはいるけれどそれはファシリエーターであって独裁者ではない。基本的には村の空気がそれを決めていた。農耕カルチャーの日本ではそれが過去1500年にわたって受継がれまあまあうまくやってきた。それが現代社会では会社という地縁集団に移行しただけだ。で、それがとても行ったのが高度成長期だ。

二つめの違和感は、本当にベンチャーが大企業抜きでことを起こせるのかということだ。IT革命とともにグローバル経済がやってきて、世界を情報と人とかねは自由に行き交う世界では、空気なんてまどろっこしいことは気にしてられない。金・金・金だ。少しでも儲かれば、アイデアや設計はシリコンバレーでやり、あとは中国やアジアに製造を丸投げする。

そこには空気感はいらない、電子メールでドライに取引が性質するので、いつまでも企画と設計と製造は一家で経営してきた日本のメーカーは割りを食ってパッシングされる。それを硬直的な組織構造のせいにするのはたやすい。全ておっさんが悪いと。Steve Jobsはその典型だ。車の勉強にGEM FORDなどを携えてくことを証明した。

で、この記事の端々に見受けられるのは、シリコンバレー史観を是とする雰囲気である。大企業を見限ってベンチャーや自分でスタートアップし大成功を収めることができる。だからおっさんのいるIBMのような会社を見限って、メリカリとか、AieB&Bとか、Googleとか。それはIT革命の黎明期で西海岸のガレージで、Steve Jobsのような一匹狼が新しい、人のインターネット、それはIBMのメインフレームコンピューターに対峙するマッキントッシュのPCだったり、WindowsといったOSだったり、そこにのっかたGoogやアマゾンやFacebookやTwitteのようなアプリケーションだったりするのだけれど、そいうったものを10人そこそこののスタートアップでできちゃうぜという10年前のIT時代の歴史感で話をしている。それはおっさんはいらないし大企業もいらない。

ところが今やITの時代は終わって、IoTの時代がやってきた。シリコンバレーや深センのお兄さんが、バッテリとモーターと躯体と指導運転制御アプリを外からいけてるインテグレーターを連れてきて、組み立てればEV一丁上がり。そんな甘い気持ちの中国勢やテスラ。でもテスラはおろか、欧米の電気事業はあまり流行らない。

車はCASEといって、「CASE」の構成要素である「Connected(コネクテッド)」「Autonomous(自動運転)」「Shared & Services(シェアリング)」「Electric(電動化)」の中で、実現に向けていち早く動き出したのは「A」=自動運転だった。1978年のSクラス(W116)に導入されたABS、1981年のSクラスで発表されたエアバッグ、1995年のSクラスクーペに採用されたESPなど、メルセデスが世に先駆けて送り出した数々のアイデアは機器類の画期的な進歩を背景に実現したものだ。

でも。ここは人が死ぬ世界だ。おじいちゃんが歩行者を引いたらおじいちゃんの責任。でも。自動運転車が人を殺すと誰の責任なのか。これをきちんといい仕組みを作ってインテグレートするなんて、ベンチャーだけではできない。もはや時代は変わった。某自動車会社や某電力会社、等のそうそうたるメンバーが私のフェイスブックグループに入っていただいている。

彼らはおっさんとベンチャーで東南アジアへの進出を本気で考えていて、日本の電力会社や電動モビィリティのの世界戦略と合致してカジュアルなIT革命の第二章IoT革命、いわばITの軽薄短かららIoTの重厚長大位へとシェアリング、という世界観が作っていく。政府と民間のIOT努力、そこをコントトールするのがCASEでしょうか。そこで二兎をしっ関わっていき、コンセンサマネージをガチンンコで行なっていくのが正しい手段だ。だから、もうガレージトークして何もないととことから作り出す。もはや第二のSTEVE JOBSは出てこない。それはとても残念だけれど時代が変わった。

IOTは大企業のおっさんに向いている。IT革命第二章では、ITがロボットや自動車と結びつけていくなんてことが出てくる。これはベンチャーにスピンオフした会社のやることではない。そういうしたたかで発信力のあるスタートアップとおっさん大企業が結びついたらこれは強い。私事実おっさんですがと若手のJVをいくつか仕込んでいる。

第3の違和感は、世界中の風俗・民族の文化を無視して欧米流の文化システムが本当に入れるのかということだ。夢のようなユートピア思想では、世界は同じ風俗・文化で成り立っているという前提に立つ。プロテスタント的な価値観は戦後輸入されたもので、それは普遍的な価値観ではないはずだ。そこを日本的なものに変えること。アジアにはアジア人の出してと受け手のUX があるんです。

だからこそ我々がいます。おっさんと若手をつなぐ人間です。

私は言いたい。一周回っておっさんが中心の世の中がきた。もちろんいけているおっさん限定なのはいうまでもない。

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酒井 直樹
株式会社電力シェアリング代表

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