意識高い系と理想高い系

2018年07月28日 11:30


2012年の冬に『「意識高い系」という病』(ベストセラーズ)を発表した。実は重版は1回もかかっていない。だが、それなりに影響力はあり。いまだに電子書籍が売れ続けている。意識高い系を描いたドラマの元ネタにもなった。プロデューサーたちにブリーフィングを行ったりもしたな。学術論文にも何度も引用されたりもした。一方、批判もたくさん頂いた。若者たたきではないか、と。

意識高い系をたたきつつも、あなた自身が意識高い系ではないかという批判も頂いた。そんなつもりはないのだが。なぜそう言われるのだろうと不思議に思っていた。

昨日は自分という人間について気づく機会があり。一つは、日経電子版のIT起業家に関する連載。前から気になっていて、やっと読んだのだが。ちょうど年齢的にも、人間関係的にも「友達の友達」くらいの距離にいる人たちの物語だったのだが。あの頃は普通に社畜で、そんなことを考える余裕もなく。でも、彼らは意識が高いのか、理想が高いのか分からずモヤモヤした。

録画していてたまっていた番組をいくつか見ており。NHK BSプレミアム『アナザーストーリーズ』のチェ・ゲバラに関するドキュメンタリーがいちいち秀逸で。南米放浪で気づいた搾取への怒り、キューバ革命、訪日、カストロとの別れ、ボリビアでの死などいちいち感動し。

その時、意識高い系と理想高い系の違いがよくわかり。私は理想高い系なのだと気づいた。朝日・岩波的なものにどっぷりつかったのも、プロレス研究会の会長としてあるべき姿を目指したのも、昭和の文化人を目指しているのも、ずっと左派・中道政党を支持しているのも、諸々、理想高い系なのではないか、と。理想高い系は、左翼あるあるでもある。

もし私たちがロマンチストだと言われるならば
救いがたい理想主義者だと言われるならば
できもしないことを考えていると言われるならば
何千回でも答えよう その通りだと。

このゲバラの言葉を噛みしめるの巻。これジョン・レノンの「イマジン」と世界観が一緒だよね

というわけで、理想高い系でいきますかね。意識高い系よりも、明らかに生きづらいのだけど。


編集部より:この記事は常見陽平氏のブログ「陽平ドットコム~試みの水平線~」2018年7月28日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。

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常見 陽平
千葉商科大学国際教養学部専任講師

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