オーストリア駐在北朝鮮大使の新年会挨拶を阻止せよ

オーストリア外務省は新年を控え、苦悩している。トランプ米政権からウィーンの親ロシア路線への批判が高まってきたからではない。来年1月8日、ウィーンのホーフブルク宮殿でバン・デア・ベレン大統領主催の新年会が駐オーストリアの大使たちを招いて開催される。新年会では大統領の新年の挨拶前に駐オーストリア外交団首席の立場のバチカン代表部大使が挨拶するのが慣例となってきた。しかし、バチカンのペーター・シュテファン・ズルブリゲン大使が11月末、定年退位したため、そのポストは空席となっている。ローマから次期バチカン大使が新年会までに派遣されない場合、外交プロトコールに従い、外交団副首席がその役割を担うことになっている。その副首席は駐オーストリア北朝鮮大使を25年間務めてきた金光燮大使が務めているからだ。

▲駐オーストリアの金光燮・北朝鮮大使(2015年12月に開催された国連工業開発機関=UNIDO総会で撮影)

▲駐オーストリアの金光燮・北朝鮮大使(2015年12月に開催された国連工業開発機関=UNIDO総会で撮影)

金大使は1993年3月、駐オーストリア大使に就任して以来、ウィーン外交界では不動の大使として有名で、駐在期間も今年で25年目を迎えたばかりだ。新年会では毎年、最長駐在大使としてバチカン大使と共にオーストリア大統領の両側に立つ名誉を享受してきた。駐在期間が短い韓国大使が大統領から遠い席に甘んじているのとは好対照だ。特に、親北派政治家で、「オーストリア・北朝鮮友好協会」にも縁が深かったハインツ・フィッシャー前大統領時代は常に最前列でフィッシャー大統領の傍に立っていた。北朝鮮外交の黄金時代を思わせるような光景が続いてきた。

しかし、新年会で外交団代表として挨拶をするのは常にバチカン大使だった。その大使が退位し、現在は空席なのだ。だから、次期バチカン大使が来年1月8日までにウィーンに就任しない限り、金大使は新年会では外交団首席代理として駐オーストリア外交団の前で挨拶することになるわけだ。ウィーンの外務省が頭を痛めているという理由がこれで理解できるだろう。

欧州連合(EU)は、ウクライナ併合や英国亡命中の元ロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)スクリパリ大佐親子暗殺未遂事件などを批判し、ロシアに厳しい制裁を科している中、オーストリアのカリン・クナイスル外相が自身の結婚式にプーチン氏を招待し、一緒にダンスに興じるなど、ウィーンの親ロシア路線は欧米諸国では批判の的となってきた。そして来年1月8日、北朝鮮大使がホフブルク宮殿の新年会で外交団の前で演説したというニュースが世界に流れた場合を考えていただきたい。トランプ大統領からツイッターで「ウィーンの外交は狂っている」と中傷される羽目になるかもしれない。

韓国の文在寅大統領は北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の訪韓を要請、年内に訪韓が実現することを願ってきたことは周知のことだ。金正恩氏が韓国入りできれば、国会で演説をしてもらうとまで文大統領は考えていたという。世界最悪の人権蹂躙国家、独裁国の最高指導者を招き、国会で演説を要請するという発想は普通ではなく、常軌を逸していると言わざるを得ない。

同じようにその国から派遣されている金大使が駐オーストリア外交団前で新年の挨拶をすることは通常では考えられないことだ。金大使の夫人は故金日成主席と聖愛夫人との間の長女、金敬淑さん。金正恩氏の叔母にあたる。すなわち、金日成主席、金正日総書記、金正恩委員長の3代続く世襲独裁国のロイヤルファミリーの一員だ。その一員の夫、金大使がウィーンの外交団の前で演説するということは、その演説内容というより、その事実だけで大きな問題というわけだ(「駐在期間が25年を超えた北大使」2018年8月24日参考)。

オーストリア代表紙プレッセが12日報じたところによると、オーストリア外務省は同国ローマ・カトリック教会最高指導者シェーンボルン枢機卿を通じてバチカンに駐オーストリア大使の早期派遣を強く要請しているという。繰り返すが、ホーフブルク宮殿で外交団の前で演説する北朝鮮大使の写真が世界に配信された場合を考えてほしい。

ナポレオン・ボナパルト失脚後のヨーロッパを議論したウィーン会議(1814年)は「会議は踊る、されど進まず」と呼ばれたものだが、オーストリアの外相が欧米諸国が制裁中のロシアのプーチン大統領を招き、一緒にダンスし、独裁国家・北朝鮮の大使が駐在外交団の前でホーフブルク宮殿の新年の挨拶をした場合、“ウィーンの外交はとうとう狂ってしまった”と言われかねない。ウィーンの外務省は新年そうそう欧米諸国からバッシングを受けないために必死に危機管理に乗り出しているわけだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年12月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。