オーストリア駐在期間が25年を超えた北大使

北朝鮮も猛暑だというが、ウィーン14区の北大使館はどうだろうか。冷房など期待できないから、この暑さをどのように凌いでいるのだろうか。そこでウィ―ンの北大使館に足を運んだ。外は35度前後とあって、強い日差しを避けるために大使館正面の写真展示ケースは閉められていた。ひょっとしたら、金正恩朝鮮労働党委員長とトランプ米大統領の首脳会談関連の写真が飾ってあるのではないかと期待していたが、残念だった。大使館の2階の一部屋だけは窓が開いていたが、1階の部屋は全て閉鎖されていた。熱風を入れないためだろう。

▲駐オーストリアの北朝鮮の国旗(2018年8月21日、ウィ―ンで撮影)

▲駐オーストリアの北朝鮮の国旗(2018年8月21日、ウィーンで撮影)

▲駐オーストリアの金光燮・北朝鮮大使(2015年12月に開催された国連工業開発機関=UNIDO総会で撮影)

▲駐オーストリアの金光燮・北朝鮮大使(2015年12月に開催された国連工業開発機関=UNIDO総会で撮影)

中庭には外交官が利用するベンツが3台駐車していた。夏の日差しを防ぐために、駐車場にはインスタント屋根がつけられていた。後庭には2人の外交官が木の陰で椅子に座り、談笑しているのが見える。

朝鮮半島の政情はシンガポールで6月に開催された米朝首脳会談後も決して落ち着いていない。肝心の非核化はストップするどころか、核関連活動は進められているという報告書が先日明らかになったばかりだ。9月の国際原子力機関(IAEA)総会に提出するためにまとめられたものだ。そんな厄介な問題を抱えている国の大使館といった雰囲気はまったくない。

朝鮮半島の緊迫感はウィーンにはない。ただし、国連安保理決議を無視し核実験や弾道ミサイル発射を繰り返す北朝鮮に対し、欧州でも制裁が施行されている。イタリアやスペインは昨年、同国駐在の北大使に国外退去を命じた。オーストリア外務省は北外交官の数を激減させ、現在は7人に過ぎない。

その中で唯一、金光燮大使は変わらない。駐オーストリア大使に赴任して今年3月で25年間となった。ウィーンの外交官としては間違いなく駐在任期の最長記録保持者だろう。その金大使は通常、6月末から3カ月余は平壌に戻っている。

金大使とは付き合いが長くなった。就任直後は「夫人は故金日成主席と聖愛夫人との間の長女、金敬淑さん」という事実を否定していたが、ウィーン駐在が長くなるにつれて、そんなことはどうでもよくなったのか、出自には拘らなくなった。

脊髄を痛めているのでウィーンでも治療受けてきたという。ひょっとしたら、政治病かもしれない。当方が見た限りではやはり少し悪いのだろう。西側に駐在する北大使となれば、外部からは分からないストレスがあるはずだ。

チェコには故金正日総書記の異母弟、金平一大使が就任している。同大使はブルガリア、ノルウエー、ポーランド、チェコと欧州を転々としながら大使職を務めてきた。同じように、ウィーンの金大使はチェコで5年間を務めたが、ウィーンの大使としては今年3月で25年となってしまった。両金大使は同じ国にいつまで駐在するかは多分分からないだろう。帰任命令が来ない限り、永遠に留まり続けることになる。

マレーシアのクアラルンプール国際空港で起きた金正男氏の暗殺事件(2017年2月13日)は両大使に大きな衝撃を与えたことは間違いないだろう。当然だ。金正男氏は金正恩氏の異母兄だ。親族を暗殺することに金正恩氏は全く躊躇しないことが改めて明らかになったからだ。

9月9日に北の建国70周年を迎える。中国の習近平国家主席の初の訪朝も予定されているというから、平壌内でも迎えの準備で忙しい時だ。米朝首脳会談で約束した非核化が今後どうなるか分からない。南北間の融和・対話路線が先行する一方、非核化は取り残され、いつしか政治議題から外されるかもしれない。中朝の歴史的結束という、いつか来た道を金正恩氏も歩み出してきたのかもしれない。

(参考までに、朝鮮中央通信が先月16日、9月9日の建国70周年前に大赦を実施すると表明した。金正恩氏はひょっとしたら拘束されている日本人を釈放するかもしれない。日朝の交渉開始の先手だ)

ウィーンの金大使もプラハの金大使も平壌中央政界から疎外されている。両大使は西側に駐在しながら甥の金正恩氏の動きを静観しているだけだ。第3者の目からいえば、寂しい立場だが、彼らは案外、金正恩氏より人間らしい生活をしているのかもしれない。

金大使は当方に、「俺は一生、オーストリアに駐在したい」ともらしたことがある。英誌エコノミストの調査部門「エコノミスト・インテリジェンス・ユニット(EIU)」が毎年発表している「世界で最も住みやすい都市ランキング」で、ウィーン市が「2018年版第1位」の名誉を獲得したばかりだが、金大使はそれを身に染みて感じている1人かもしれない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年8月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。