大阪「都」という名は皇居がなくても問題なし

2019年03月19日 06:01

大阪のダブル選挙については、いまのところ、どっちを支持というには至っていない。大阪都構想については、前回の住民投票のときと意見は変わらない。府と市と二重行政は紛れもない事実だが、本来は、地方制度全体の再検討の中で解決すべき問題だ。

ただ、前回の時との比較で言えば、道州制などについての議論があのときよりは低調になって実現性が薄いし、万博もあるので、大阪都構想を実現するほうに合理性がふえたと思う。

知事・市長の辞任と再出馬は、統一地方選挙で府市両方の議会選と一緒にするのは合理性があるし、たすきがけにしなければ、秋にまた改選になるのだから合理性がある。そもそも、すべての地方選挙は統一地方選挙の時期に揃えるべきだと思う。

市の分割だという議論は、東京都も区の権限強化をしており、いちおう成功しているとみなされているから、とくに反対する気はない。ただし、政策をもう少し見たいから、とくにどっちを支持するとか言う気はない。

ところで、ほかの論点はともかく「都」という名称を問題にする人がいるが、これは何の問題もないし、それどころか、「都」でなければおかしいというのが、この問題を長く扱ってきた者としての考え方だ。

明治体制の発足にあたって東京・京都・大阪を「府」にした(序列として大阪より京都が上だ)。これは、いわば三都体制だったわけだ。つまり、この三つは同格に扱うという決定があったわけである。そして、昭和18年(1943年)に東京府と東京市が一緒になって東京都になった。したがって、府と市が一体化するときは都と呼ぶことにしたわけで、京都や大阪で同じことするなら都であるのが筋だろう。

次に陛下の居場所と都の関係だが、陛下の住居が一カ所ということは必然でない。京都御所は現在も元御所でなく現役の御所である。つまりマルチハビテーションなのであるから、京都府と市がひとつになればその意味では都で問題ではなし。大阪についても現実に御所はないが、設けてもいいわけで、むしろ、あるべきもの空席状態であるとも解釈できる。

さらに、都という漢字は君主の居場所でなければダメなのかと考えると、たとえば、ワシントンはアメリカの首都といわれている。これはおかしいのか?アメリカには君主はいない。

都会とか都市という言葉は君主と関係なくても使う。大阪都という場合の都はメトロポールの意味であるともいえる。

オランダでは憲法で首都はアムステルダムとなっているが、現実には王様はいない。
また、近畿地方というが、これは、都の近くという意味だが、これはどうなのか。近畿がよければ大阪都も問題あるまい。首都移転問題をやっていたときの議論でもコンセンサスは、東京から政府国会が去ろうが皇居をどっかへ移そうが、首都圏という言い方は変更しないことになっていた。

皇居がなければ「都」の字を使うべきでないというのは、歴史と各国についての用例何ら根拠がないと思う。

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八幡 和郎
評論家、歴史作家、徳島文理大学教授

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