有名ブロガーの偽証:ドイツ人が「ユダヤ人」を名乗る時

2019年06月11日 11:30

第2次世界大戦でナチス・ドイツ軍がユダヤ人を大量虐殺(ホロコースト)した史実やガス室の存在を否定する歴史学者や一部反ユダヤ主義者はいる。その度に世界ユダヤ協会が批判し、訂正を要求してきたが、ドイツ人の歴史学者で若い女性ブロガー(31)は自身のブログで「祖父母がユダヤ人で、22人の氏族関係者がアウシュビッツア強制収容所などで犠牲となった」と語り、エルサレムのホロコースト記念館(ヤド・ヴァシェム)にも報告していた。

しかし、実際は祖父母はドイツ人であり、祖父はプロテスタント教会の牧師、ブログで記述したユダヤ人家庭の話は全くの偽りで、「22人のうち、実存した人間は3人だけで、全ては架空だった」というのだ。

「ナチ戦争犯罪の犠牲者だった」「遺族だった」と偽証したのは彼女が初めてではない。過去、スイスやベルギーでも同じようなことがあった。ドイツでは昨年、ハンブルクのピネベルクのユダヤ社会の責任者だった人物が実はドイツ人だったと分かったという出来事が起きたばかりだ。独週刊誌シュピーゲル(6月1日号)は「ドイツ人は『自分の先祖がナチス・ドイツの戦争犯罪の犠牲者だった』と思いたがる傾向が強い」と指摘し、それを「ドイツ人の特殊性」(Deutsche Besonderheit)と述べている。

ドイツはナチス・ヒトラー時代、600万人のユダヤ人を強制収容所などで虐殺した。だから、ドイツはナチス政権の戦争犯罪行為で加害者と刻印されてきたが、それに強い抵抗を覚える人々がいても不思議ではない。特に、「戦争を知らない世代」にとって、自分の世代が関与していない戦争犯罪で批判され続けることに不満を抱くケースも出てくる。また、加害者から犠牲者に立場を代えたいという思いが湧いてくるかもしれない。今回の女性ブロガーのように偽りの家系図を考え、自分の家庭はユダヤ人であり、祖父母はアウシュビッツで殺されたと主張し、犠牲者の家族出身になり切ったケースは珍しい。

「ホロコースト記念館」の犠牲者の名前と写真を連ねた部屋(ウィキぺディアから)

シュピーゲル誌記者はその女性ブロガーと会見している。彼女はユダヤ人の犠牲者を集めたヤド・ヴァシェムにも偽りの文書を送っている。エルサレム側はドイツ女性歴史家からのホロコースト関連文書が嘘だったことに驚く一方、「ドイツ人はユダヤ人を600万人虐殺したが、新たに22人の犠牲者まで創造した」と少々皮肉の思いを込めて応えている。

彼女はユダヤ人家庭出身と偽証してきたが、ブログの読者の中で昨年、別の歴史家が彼女の話に疑問を感じて調査しだしたことから、真相が明らかになってきた。彼女の弁護士は、「ブログの内容は彼女の実際の家庭の歴史を語ったのではなく、一種の文学だった」と弁明している。

シュピーゲル誌は4頁に渡って写真入りで彼女の話を紹介した。記事は「フェイクの世界で」(In der Fake Welt)だ。ちなみに、彼女は2017年、年間最高のゴールド・ブロガー賞を受賞したが、今回の件があって受賞は剥奪されている。

シュピーゲル誌は彼女を詐欺師(Hochstapler)とバッサリと切っているが、当方はそう簡単には言い切れないものを感じる。「戦争を知らない世代」が「あなたの国、民族は戦争犯罪を犯した。あなたの国は戦争犯罪国だ」と言い続けられた場合、どのような反応が生まれてくるだろうか。歴史に興味のある若者ならば自分で歴史書、文献を漁り、自分の歴史観を構築するかもしれないが、多くの若者は「自分には関係がないことだ」、「歴史は戦勝国家によって綴られたもので、多くの偽証が含まれている」と冷ややかに受け取るかもしれない。例えば、日本の戦後の平和教育、自虐歴史観の洗礼を受けてきた若い人たちのように、学校で教えられてきた歴史内容をそのまま鵜呑みにするかもしれない。

いずれにしても、戦争を体験しなかった世代に過去の戦争を伝える歴史教育は容易ではない。体験に裏付けされていないために、その歴史観は様々なフェイクや偽証の虜になる危険がある。先の31歳のドイツ女性の「先祖はナチ犯罪の犠牲者だった」というように、全く作られた家系図を考え出すかもしれない。

歴史では加害者は常に批判され、謝罪を求められる一方、犠牲者は加害者にその責任を追及してきた。「戦争を知らない世代」のドイツ人はナチス・ドイツ時代の蛮行といわれてもピンとこないから、当然加害者認識は薄れていく。

「ホロコースト産業」という表現が一時期、欧州のメディアで流れた。ユダヤ人はナチ・ドイツ軍の犠牲をビジネスとして利用している、といった加害者が犠牲者に放った精一杯の反論だった。

歴史的出来事を加害者、被害者という観点から捉えることができるのは「戦争を体験した世代」だろう。「戦争を知らない世代」に同じ枠組みで歴史を考察するように強いることはある意味で非人間的なことだ。

歴史の真実を次の世代に正しく継承させることが現代人の使命だ、と主張する声もあるが、少々無理があるだけではなく、危険が伴う。なぜならば、歴史の真実とは、といった議論が必ず飛び出し、終わりのない新たな歴史論争が始まるからだ。

多くの日本人は隣国・韓国との付き合いで苦慮してきた。「正しい歴史的認識」(朴槿恵前大統領)と「未来志向の日韓関係」との間に深い溝があって、両者を連携することは至難の業だということを学んできたからだ。

ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年6月11日の記事に一部加筆。

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