個人の不動産運用からみる問題の本質

2019年08月01日 14:00

先週の日経に「迫真 不動産加熱の代償」が連載されていました。サラリーマン大家が銀行からの借り入れが難しくなった話、スルガショックで土地仕入れを止める業者の話、家賃保証の言葉に踊った大家の話が連載でカバーされていました。

画像はWikipediaなど:編集部コラージュ作成

話題自体は新鮮味があるわけではないのですが、悪役になったいくつかの会社、かぼちゃの馬車、スルガ、TATERU、レオパレスなどを改めてカバーしています。

ただ、これらの負の組み合わせが業者、銀行、個人の不動産投資へのマインドを見事に吹き飛ばしてしまったことは事実でしょう。数年前までは銀行は「結局、不動産担保がある融資がやりやすい」と豪語していたのです。「事業の査定は難しいですが、不動産なら価格が分るので貸し付けをしやすい」と言っていたのは一つ、二つの銀行ではありません。ほぼ全ての銀行がそこに走り、スルガ事件を見ておののき、一気に手を引いたというのが現実です。ある意味、90年代バブル崩壊の時と同じようなシナリオを見て取りました。

私の日本の会社では大手銀行からシェアハウス事業として借り入れ残がありますが、いまや新規を絞り込み、既存の顧客の返済のみを受け付けているのが現状で返済に何かあれば喜び勇んで早期返済を迫るのではないかと思います。個人のアパート事業融資でも経験と頭金という二つのハードルを重視するようになったので一時流行った頭金が極端に少なく、そのキャッシュフローだけで2軒目、3軒目をやるというスキームはほぼ難しくなっていると言えるでしょう。

これは銀行の典型的な横並び主義で悪評が立たず、金融庁から目を付けられないようにする、という保身的経営そのものであり、バブル崩壊の爪痕を更に深めたあの「銀行悪役説」はいまだ健在ということになります。

では個人の不動産投資は絶たれたのか、といえばそんなこともなく、案件次第では可能性はありますが、難しくなっているのも事実です。理由は住宅需要はエリアを選ばないと事業としての採算性が低迷しつつある点であります。人口が減っていること、空き家が増え続けていること、より利便性の良いところに人口が集中すること、古い建物への需要が減退していることは賃貸業の宿命とも言えます。

写真AC:編集部

また、古いアパートでは家賃を近隣相場より大幅に下げるケースもありますが、家賃未納のリスクは家賃を下げれば下げるほど多くなるという逆相関の悪循環を生みます。都内のシェアハウスの相場は6-8万円程度、ネットカフェもひと月7-9万円程度に対して安いアパートは3万円程度で提供しているものもあります。

ただ、アパートの場合、光熱費とインターネットを自分で別途契約しなければならないので結局月に4-5万円になるのですが、収入が安定しないバイト店員や年金を貰っているかどうか分からないような高齢者の踏み倒しはよく耳にします。かといって追い出すのには非常に手間がかかるというのが実情であります。(保証会社に加入してない賃借人を受け入れているということです。)

ところでカナダでは一般賃貸住宅に入れないレベルの人は低所得者住宅(Social Housing)という選択肢があります。空きは少ないですが、新たな供給もどんどん増えています。これは地方政府がデベロッパーからの開発許可見返りの拠出金等で開発、提供しているもので低廉家賃で入居できる仕組みです。

日本は古い民間アパートが実態としては低所得者住宅としての機能を果たしているのだろうと思いますが、このあたりの日本の仕組みは世界水準に比べるとかなり遅れている感じはします。

日本もそろそろ住宅政策について大幅な見直しをする時期に来たのでしょう。相続税対策でボコボコアパートが建つとか、金利が安いから1軒目のキャッシュフローで二軒目の借り入れをするといった無謀な不動産運用を放置するのではなく、都市政策を見直し、もっと緑を増やし、安全で豊かなライフができるような50年計画の都市や地方の活性化の策定をしてもらいたいものです。政府の明確な指針がないから皆好き勝手やる、というのが私の見立てた日本の不動産事情のように感じます。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2019年8月1日の記事より転載させていただきました。

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