戦後最悪の日韓関係をいかにすべきか(上)

長島 昭久

安全保障上の理由から、韓国を優遇的地位から他のアジア諸国並みとした日本政府による貿易管理の厳格化措置をめぐり、韓国では国を挙げて反日機運が高まっています。私は、今回の出来事は、日韓関係を普通の隣国関係に転換する好機ととらえています。

写真AC:編集部

これまでの日韓関係における問題解決のパターンは、歴史問題(日本による朝鮮半島の植民地化に起因)を巡って「被害者(被支配国民)vs加害者(支配国)」という構図に基づいて、「加害者」とされる日本側が(過去に対する贖罪意識から)特段の譲歩を迫られるというものでした。その典型が、2015年暮れの「慰安婦合意」です。

慰安婦をめぐっては、「河野談話」によって事実認識に混乱が生じ、韓国の民族左派民間団体などの攻勢を受け、またしても日本政府が譲歩を迫られていました。じつは、この問題は韓国との関係を重視していた民主党政権でも解決できませんでした。

しかし、保守派の安倍政権となって、「戦時における女性の人権問題」と捉え直し、あらゆる請求権問題は1965年の日韓基本条約・日韓請求権・経済協力協定によって「完全かつ最終的に解決」したとの大原則は堅持しつつも、被害者の尊厳を回復する措置の一環として日韓両国で基金を創設することに合意し、日本から10億円を拠出することで最終決着させたのです。これにより、慰安婦問題は、「最終的かつ不可逆的に解決された」(2015年12月28日、日韓外相共同記者発表)“はず”でした。

しかし、前政権の反動で誕生した文在寅政権において、民族左派が牛耳る側近の影響もあり、この国際約束はあえなく反故にされてしまいました。日本政府にとって、いや日本国民にとってもこの衝撃は深刻でした。この頃から「もはや韓国は信用できない」「日本はいつまで譲歩を続けるのだ?」といった論調が、保守派ばかりでなく一般の方々からも発せられるようになりました。

さらに、火に油を注ぐような事案—釜山港に入港する自衛艦の旭日旗掲揚を拒否、韓国駆逐艦による海上自衛隊哨戒機への火器管制レーダー照射、韓国国会議長による天皇陛下(現上皇陛下)侮辱発言など—が次から次へと発生し、日韓関係は戦後最悪に陥ったのです。

そして極めつけは、元朝鮮半島労働者をめぐる韓国大法院(最高裁)判決です。「合意は拘束される」(つまり、日韓基本条約・請求権協定など国家間の合意は、行政のみならず、司法も含む三権を拘束する)という国際法の大原則を踏みにじる韓国政府の姿勢に、「仏の顔も三度まで」、ついに日本国民の堪忍袋の緒が切れてしまったというのが現実なのです。

これら韓国側の一連の対応は、日韓関係を、これまでのような歴史問題をめぐる「加害者vs被害者」という構図とは全く異なる次元に向かわせることとなりました。次回詳しく論じますが、今、日韓関係で問われているのは、加害側が被害側にどこまで譲歩するかという問題ではなく、「約束を守るのか、破るのか」という国家関係の基本に関わる問題です。


長島 昭久  衆議院議員(東京21区、自由民主党)
1962年生まれ、寅年。慶應義塾大学で修士号(憲法学)、米ジョンズ・ホプキンス大学SAISで修士号(国際関係論)取得。2003年に衆院選初当選、民主党政権では、防衛政務官、防衛副大臣を歴任。2016年から文部科学委員会筆頭理事、外務委員会委員。17年、民進党を離党し、希望の党を経て無所属。19年6月、自民党入り。公式サイト。ツイッター「@nagashima21


編集部より:このエントリーは、TOKYO HEADLINE WEB版 2019年8月12日の長島昭久氏のコラム「長島昭久のリアリズム」から転載させていただきました。掲載を快諾いただいたTOKYO HEADLINE編集部、長島氏に感謝いたします。オリジナル記事をご覧になりたい方は『長島昭久のリアリズム』をご覧ください。