英王室からの離脱は歴史的に目新しいことではない

2020年01月25日 06:01

ヘンリー王子とメ—ガン妃夫妻が英王室主要メンバーの立場から退く騒ぎは、はるかな日本でも、その話題の残り火がいまだ続いている。明治以来は英王室にならう日本皇室と対比出来るものだけに、夫妻の快挙とばかり、英連邦カナダに住居を移す様子とともに、テレビは放映を重ねている。これに「ヘンリー王子夫妻の乱を賞賛する日本メディアの薄っぺらさ」とするアゴラの宇山卓栄氏の論は実に痛快だ。

サセックス公爵家公式サイトより

ただ英王室の近年の騒動の歴史を見れば、ヘンリー・メーガンの王室離脱問題は、目新しいことではない。スキャンダルを中心にした英王室騒ぎという“伝統”の一つだ。1997年8月31日の「ダイアナ元妃事故死」のその日、偶然わたしは欧州からロンドン・ウォータールー駅に降り立ったが休日で駅も閑散とし、新聞スタンドも閉じ、ホテルでこの事件ニュースを知った。ダイアナ元妃事故死のニュースで英国中が大騒ぎになったのは、休日のせいで、しばらくたってからのことだった。チャールズ皇太子との別離後の、ダイアナ元妃のこのスキャンダル事故死は、いまなお多くの謎に包まれている。

2002年3月に101歳の長寿をまっとうした、英女王の母、エリザベス皇太后も、日本ではもっぱらにこやかな皇太后というイメージばかりで、本当の姿がほとんど伝えられていない。物静かな夫ジョージ6世国王と対照的、気丈なエリザベス妃というのが実像だ。エリザベス皇太后の晩年の発言には、現天皇の皇太子時代の英留学でのウィンザー城での歓迎晩餐会のシーンが記録に残る。高齢とのことで外交表面化はなされなかったが、エリザベス皇太后は、遠来の日本の皇太子にあてつける暴言を吐いて周囲があわてたのだから。

そのエリザベス皇太后の孫、チャールズ皇太子が、ダイアナ元妃の死後の2005年4月、愛人カミラ・パーカー・ボールズとようやく結婚できたのは生前、このエリザベス皇太后が強固に反対していたからだ。現在も正式には英皇太子妃でなく、コーンウォール公爵夫人カミラの祖母には、英王室での愛人歴があったことを、エリザベス皇太后は生涯許さなかったからだという。

エドワード8世とシンプソン夫人(Wikipedia)

さかのぼれば、1953年に亡くなったジョージ5世の未亡人メアリー妃はドイツ王家の出身。その息子のエドワード8世(ウィンザー公)は、幼児期からこの母親メアリー妃の影響で、ドイツ語に親しみがあった。アメリカのシンプソン夫人と結婚するため退位、王位を弟ジョージ6世に譲ったウィンザー公だが、一方でナチスのヒトラー側の誘いに乗ったのも、英王室にあったドイツ語環境が下地にあったことが一因だ。

生真面目といわれる現エリザベス女王は、父のジョージ6世譲りだが、2002年2月に亡くなった美貌の妹マーガレット王女は、日本ではほとんど報道はなかったものだが、スキャンダルにまみれた一生だった。

こうした英王室の近年の派手な性格は、ウィンザー公から始まり、マーガレット王女、さらにチャールズ皇太子の妹のアン王女と続き、さらにエリザベス女王の次男で、現在はヨーク公のアンドルー王子も、性犯罪歴ある米資産家と交友に始まるスキャンダルの渦中にある。

ハリー王子とメ—ガン妃の王室離脱問題には、いま高齢のエリザベス女王の決断が強く働いたようだが、チャールズ皇太子が王位を継ぐ時代には、新国王と息子ハリーとの、新たな”和解”が生まれてこないとも考えられなくもない。

つまりチャールズ皇太子は母親エリザベス女王によって、カミラ夫人とようやく再婚が認められた当事者だからだ。英王室に何が起こっても不思議はない。

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山田 禎介
国際問題ジャーナリスト

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