3.11東日本大震災から9年。ふるさと福島を想う

2020年03月11日 18:30

本日で東日本大震災から9年が経ちます。

9年前の3.11は、娘が生まれて0才の育休時でした。

乳飲み子を抱えながら、水がない、スーパーに食べ物がないなどの不安な日々でしたが、何より一番心配なのは、家族や友人たちが住む故郷 福島のことでした。

福島の実家は、奇跡的に停電はなかったものの、ガス不通や断水により、トイレの水が流せない、洗い物ができない、お風呂に入れない日々が続き、ガソリンも底を突きそうな頃、「落ち着くまで我が家へきてほしい」とお願いし、避難してもらいました。

家族は久しぶりのお風呂に入り、温かい食事をお腹いっぱい食べてもらい、胸がいっぱいなったことを覚えています。

そして、地震、津波、原発事故の後に待っていたのは、食べ物などの風評被害でした。
私も本当に辛い思いをしました。

添付写真は、東京に住む福島出身の友人と、
何かできることはないか?
と福島の新聞社へ応援メッセージを送ったものです。

あれから9年。
当時0歳だった娘は、小学3年生になりました。

私の身の回りの生活は、日常が戻ったようにも感じます。

しかし、第一原発のある双葉町では約9割で立ち入りが制限され、帰還困難区域では、帰れない方々がいます。
いまだに約4万人の方々がいまだに避難され、仮設住宅に住み続けている方もいます。

また、せっかく帰還しても医療やスーパーなどが不足して住みにくい環境もあるそうです。

今もなお、被害は続いている中、私にできることを続けて行こうと改めて思いました。

3.11以来、私は故郷福島に寄付を続け、食べ物はなるべく福島や被災地のものを選んで購入しています。旅行も福島です。

生きていることに感謝しながら、今日は、ふるさとや被災した方々に想いを寄せて過ごしたいと思います。

–追記–

「復興五輪」と位置づける東京オリンピック・パラリンピックの聖火リレーは、福島県双葉郡楢葉町「Jヴィレッジ」からスタートします。

まだまだ復興はしていませんが、少しでも地元皆さんの気持ちが前を向き、街が活気を取り戻すよう願っています。


編集部より:この記事は、東京都北区議会議員、駒崎美紀氏(無所属)のブログ 2020年3月11日の投稿を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこまざき美紀オフィシャルブログをご覧ください。

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