検察庁法改正など

2020年05月15日 21:01

石破  茂です。

本日、武田良太行政改革担当大臣の不信任案が提出されたことにより、検察庁法の改正は来週以降に持ち越されることとなりました。

黒川弘務氏(東京高検HP)検察庁(Wikipedia)

今回の改正検察庁法の施行は再来年2022年の4月1日であり、黒川東京高検検事長の定年延長とは全く関係がありません。巷間指摘されている「黒川氏を次期検事総長に就任させるための法改正」との論も、直接の関係はありません。

今年1月31日の閣議決定により、今年2月8日で定年の63歳となる黒川氏の定年を半年延長して8月7日まで務めることを可能としました。今年の7月25日に、2年の在任期間を迎える現検事総長の稲田伸夫氏が「検事総長の在任は二年」という慣例に従って退官すれば、黒川検事総長ということもあり得るのですが、稲田総長が検事総長の定年である65歳まで務めるとすれば(検事は罷免できない)、同氏は誕生日である来年の8月13日まで務めることになり、黒川氏を総長にするためには任期の再延長をしなくてはならなくなってしまいます。これは相当に難しい話でしょう。

特別法である検察庁法で身分が律せられている検察官に、一般法である国家公務員法を適用するのは法の常識に反するものでしたが、その事の当否は別として、黒川氏の定年延長は国家公務員法第81条の3(その退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる十分な理由があるとき。人事院はこれに合わせて「①退職予定者が名人芸的な才能を持っている②離島勤務等で代替者を探すことが困難③ビッグプロジェクトの主要な構成員で、退職することで完成が著しく遅延する」等を具体例とする通知を発しています)に基づくものでした。

この閣議決定の時に、閣議決定ではなく法改正を、と野党に批判されたこともあって、今回の法改正に至っているのでしょう。

本件最大の問題は、「行政権による立法権の侵害を、その不作為によって立法府自身が認めてしまう」ことにあると考えます。

1981(昭和56)年に国家公務員法を改正し、定年を延長した際、「この改正は検察官には適用されない」とする政府答弁があり、この解釈のもとに国会は法改正を行いました。

このような経緯がありながら、黒川氏の定年延長を閣議決定だけで変更したことは三権分立に反するものだったのであり、今回の法改正はむしろそれを正す機会であるはずです。

検事長や次長検事など高位の検事は役職定年制により63歳でヒラの検事に戻る、という役職定年制は人件費削減のためにも有効なものですが、「内閣が定めた事情」があるときはこれを延長し、引き続き次長検事・検事長として勤務できるとされています。

政府はこの判断の基準を「施行日までに明らかにする」としていますが、それは法案採決までにできる限り明確にされなければなりません。これは特段難しいことではないと考えます。昭和56年から比べれば、今は取り扱う事件が相当に高度化・複雑化していて、当該高位検事が中途で定年退官することで捜査に著しい支障を生ずるような事態が生起する、ということを具体的に説明すればよいだけの話です。

国会が内閣に対して白紙委任をするに等しいようなことは、三権分立を危うくするものであると考えます。高位の検察官は法務大臣ではなく内閣の任命による役職なのですから、本来は総理も出席し、当該基準をできる限り明確に示した上で採決がなされるべきでしょう。

著名人を含む反対のツイートの激増は、国民の意見が具体的な数字で体現されたものと考えるべきです。「国民主権で選ばれた政府が人事を掌握するのは当然」と断言するのは危険な考えです。国民主権に基づく民主主義による結果が常に正しいとは限らないからです。先人の英知の積み重ねの所産である立憲主義と、今を生きる人の意思や利益が反映される民主主義の結果は往々にして対立するのであって、この止揚(aufheben)の実現のために政治は呻吟しなければならないのです。最も民主的とされたワイマール憲法によってナチス政権が誕生したことを忘れてはなりません。

「ちゃんと勉強しているのか」「芸能人はその本業に精励すればよい」というような高圧的な見解にも強い違和感を覚えます。かつて有事法制やイラク派遣特措法に携わっていた時、ファンだった女優さんや俳優さんに反対意見を述べられて辛い思いをしたこともありましたが、それでその人を否定したこともありません。

政府は全国39県において緊急事態の宣言を解除しました。「接触機会は増えたとしても、マスクの装着、手洗いや換気の徹底などによって感染機会はさらに減少させる」ということが大切です。

そもそも47都道府県それぞれに事情は異なるのであり、各知事と議会が、二元代表制の趣旨を踏まえ、感染者の数や医療体制の整備状況などを見つつ、各都道府県民に対して責任を持って判断すべきであったと思います。日頃地方分権を唱えながら、このような時には政府の判断を仰ぐとの地方の姿勢はどうにも理解しにくいものです。

医療用のマスクやガウンなどの不足も未だに伝えられていますが、各知事が特措法にある「売渡の要請や収用」の権限を行使して物資の適正な確保がなされているのか、これがほとんど明らかにされていないのも不思議なことです。

コロナ禍は中央と地方の役割分担の在り方を根本から問うものなのであり、この検証が絶対に必要です。

新型コロナの治療薬として期待できるレムデシベルの特例承認が認められました。アビガンについても5月中に特例承認が認められる見通し、との報道もあり、事実であれば望ましいことです。リスクを最小化したいのは誰でも同じですが、政治家は最小化するための努力を最大限に行った上でもなお存在するリスクを負うために存在しているのであり、これは官僚にも、学者にもできることではありません。

この週末も在京です。「東アジアの論理」(岡本隆司著・中公新書)、「立憲主義について」(佐藤幸治著・放送大学叢書)、「皇国日本とアメリカ大権」(橋爪大三郎著・筑摩選書)、「地方に社会システム産業をつくる」(玉田樹著・工作舎)などを読んでみたいと思います。

皆様ご健勝にてお過ごしくださいませ。


編集部より:この記事は、衆議院議員の石破茂氏(鳥取1区、自由民主党)のオフィシャルブログ 2020年5月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は『石破茂オフィシャルブログ』をご覧ください。

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石破 茂
衆議院議員(鳥取1区、自由民主党)、

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