「中国ウイルス」発生源の「嘘」の深読み

当方は嘘に関心がある。人は生まれてから死ぬまで嘘を言わずに生涯を全うした人はいないだろう。2000年前のイエスだって本当のことをいえば弟子たちがついてこれなくなるので、様々な方便を駆使しているほどだ。ひょっとしたら、嘘はそれほど非道徳的ではないのかもしれない。

ポスト・コロナの国民経済を話し合う中国人民政治協商会議(政協)第13期全国委員会第3回会議が北京の人民大会堂で開幕(2020年5月21日、新華社公式サイトから)

「嘘賛美」のコラムを書くつもりはない。当方は嘘が飛び出した背景に興味があるだけだ。米Foxの心理サスペンス番組「Lie to me」(邦題「ライ・トゥ・ミー」嘘は真実を語る)の主人公、精神行動分析学者カル・ライトマン(ティム・ロス主演)の話をもとに「嘘を言ってごらん」(2020年2月18日参考)というコラムを書いたが、嘘の背景やそのルーツを模索するプロセスは冒険的であり、とても刺激的だ。

前口上はここまでにして、今回テーマにする「嘘」は新型コロナウイルスの発生源について中国共産党政権が発した嘘だ。曰く、「米軍(時には米中央情報局CIA)が中国を陥れるためにウィルスをもたらした」(後日、一部修正)という嘘だ。当方は当初、中国側の苦しさ紛れで飛び出した嘘と思ったが、同時に「プロパガンダやフェイクニュースに長けた中国側としては、かなり初歩的な嘘だ」と、内心小馬鹿にしていた。

中国側の嘘は、米国が「新型コロナウイルスは中国湖北省武漢市のウイルス研究所で作られ、それが外部に漏れたものだ」と主張したことへの反論として飛び出してきた。それにしても、なぜ中国側は直ぐに嘘と分かる初歩的な嘘をいったのだろうか。「米軍がもたらした……」と主張するより、海外の反中国勢力がわが国の国際的威信を落とすために図った犯罪だ、と弁明するほうが少しは説得力があったのではないか。

ウイルスの発見やその発生源問題では過去、今回の「武漢発新型コロナ発生源」論争のようなケースがあった。冷戦時代の1980年代、エイズウイルスが広がり出した時、「米国防総省の生物兵器研究所が人工的に合成したもの」というニュースが流れた。実際は、エイズウイルスはその前から存在しているから、人工的に合成したという主張は明らかに嘘情報だ。

ただし、新型コロナウイルスの「武漢ウイルス研究所流出説」とエイズウイルスの「米国防総省陸軍研究所製造説」とはよく似ている。ちなみに、米トランプ政権はここにきて「新型コロナ発生源は武漢ウイルス研究所から流出という点で変わらないが、生物兵器として人工的に編集されたかは不明」と、一部発言を修正している。

エイズウイルスが生物兵器として米軍が人工編集したという情報が後日、旧ソ連、東独情報機関らのフェイクニュースであったことが判明したが、米国は新型コロナウイルスの発生源論争ではいち早く「中国側が生物兵器として製造した」という部分をカットしている。

興味深い点は、エイズウイルスの発見者として2008年、ノーベル生理学・医学賞を受賞したリュック・モンタニエ博士が仏ニュース番組のインタビューに応じ、そこで「新型コロナウイルスはHIVウイルスの遺伝子が人工的に挿入されて作られている」と発言し、注目された。同博士は「人工的に編集された痕跡が見つかった」と強調し、そのウイルスがなんらかの事故で外部に流出されたと考えている。独週刊誌シュピーゲル(5月9日号)は同博士の主張を紹介しているが、博士の主張にはやや否定的だ。

ところで、中国が主張する「米軍がもたらした」という嘘は、過去のエイズウイルスでの発生源論争を否が応にも想起させる、高度な反論だったのかもしれない。エイズウイルスと米国防総省の生物兵器説を思い出させ、米国側の主張に反論するとともに、警告を発する意図があったのではないか。

もう少し深読みすれば、エイズウイルスの米国防総省の生物兵器説を踏まえ、「米軍がもたらした…」という中国側の反論は「コロナウイルスにエイズウイルスを人工的に編集して作り上げた」というモンタニエ博士の説にも繋がってくるのだ。すなわち、中国側の「嘘」は両ウイルスの関与を連想させる契機を提供しているわけだ。

中国側が「米軍が…」という発言をしなければ、新型コロナウイルスとエイズウイルスの繋がりが浮かび上がらずに終わったかもしれない。中国側が「米軍……」と言って反論した結果、真実が浮かび上がる結果となったのではないか。犯罪人はどこかで犯行を示唆する信号、言葉を発するものだ。

中国が「武漢ウイルス研究所」説を主張する米国の批判に対し、「米国よ、お前は知らないだろうが、新型コロナウイルスは欧米で広がったエイズウイルスの人工的な編集で生まれてきたものだ。米国産でもあるのだ」という思いを込め、「米軍がもたらした」という嘘発言になったと考えられるわけだ。

ところで、「中国科学院武漢ウイルス研究所」付属施設「P4実験室」(武漢P4ラボ)はフランスのウイルス専門家たちの支援を受け、2015年1月に完成し、18年1月から操業を始めている。エイズウイルスの発見者はフランス人の生物医学博士だ。すなわち、「第2次世界大戦後、最大の人類への挑戦」といわれるドラマ「中国ウイルス」には、中国だけではなく、米国もフランスも一定の役割を演じている。「中国の嘘」は決してシンプルな嘘ではなかった、という結論になるわけだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年5月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。